美しい豊かな宇宙の存在の皆さん!
こんにちは。
お付き合いにおいて、個人的人間関係においては言葉にとらわれてはいけない。
仕事ではまたちょっと別ですが、個人的な人間関係ではです。
仕事では共通の認識や共通の言語などがあるのでちょっと変わってくるけど、個人的な人間関係では言葉に拘ってはいけない。
最近は言葉を大切にしようという風潮が強いのか、はたまた混とんとした社会状況にパワハラ、モラハラなどの背景もあって、言葉に対する意識が強くなってきているのか、言葉に極端に反応してしまう場面に良くぶつかる。
この間は歯医者に行ってきた時のことですが、僕が先生に
「先生はこの差し歯なら虫歯にはならない。と言った、でもかなり早く虫歯になったからその原因を教えて欲しい。」
と言ったらその先生は
「私は虫歯にならないなんて言ってない。」
と切り返してきた。
私としてみれば虫歯にならないと言われたことでそれを信じてしまったなどという文句を言うつもりは全くない。
私が言いたかったのは、虫歯にならないように作ってくれているはずなのに思ったより早く虫歯になったことが原因が知りたいと思っているのだ。
ところが先生はおそらく自分の発言で何か上げ足を取られるとでも思っているかのように
「私は虫歯にならないとは言っていない」ということにがっくり来てしまっている。
完全に感情が露わになっているのだ。
まあ年齢にして30後半ぐらいの若い先生であるからということもあるかもしれないが、私としてみれば非常にめんどくさい展開。
結局私は
「虫歯にならないと言われたかどうかをとやかくいうものではないそれはどうでも良い、でもこの速さで虫歯になった事の原因は何なのか知りたい。」
と言ったわけですが、それにはまともに答えてはくれず、空気が悪くなり結局上司である先生が出てきて対応してくれるという有様。
歯医者に行くのに凄いエネルギーが必要だったわけです。
何かの言葉にここまで囚われる傾向はニュースを見ていても非常に多いと思う。
ワイドショーの国会議員をやり玉に挙げる場面のほとんどはこの傾向があるように思える。
もっと自由に発言できるように日本がなるまでにはまだまだ時間はかかりそうだが、私たち個人のレベルにおいてはこの辺りは気を付けた方が良いように思う。
私たちがプライベートでも仕事でも個人レベルの人間関係をするにあたってこの言葉に捉われるということをしていると、とても疲れてしまう。
特にプライベートのと恋愛となると結構深刻になってしまうもの。
ただでさえ相手の気持ちが気になる恋愛においては、言葉に捉われているようでは相手が見えてこない。
気持ちも人間性もその人の人柄や背景にあるその人の人生、家族や仕事と言ったものが全く見えてこなくなってしまう。
そうすると場合によっては結局会話が合わないからと別のもっと自分と会話の合う人にしようという考えになり、なかなか会話の合う人が現れないなんてことも。
『自分に合う相手』というのはあまり会話だけで早計に判断するものではないと思ってよいと思う。
自分に合う相手というのは会話の合う相手なのではない、心惹かれる相手なわけです。
心が惹かれるのに会話が合わないと感じるのであれば、心惹かれることを基準に会話を乗り越えていく必要があると考えた方が良い。
心惹かれるのに会話が合わないからと、心の感度を無視してしまうと結局どのようにお相手を見付ければよいかわからなくなるだけです。
会話で合うか合わないかを判断するのは早計過ぎるのです。
言葉に囚われても人との関係の確信は掴めないのですね。
逆のパターンでも良くあるのが、言葉の良さにこれは良いご縁かも!と思ったけど、付き合って行くと段々と違和感を感じるようになり、言葉で与えられた印象よりも雑な人だったなんてことも普通に起きる。
では言葉に捉われるのではなく、どのように会話を見ていくのかというと
まず言葉というのは特に個人的な場面での人間関係においては、あくまで目的に向かうための道しるべとしての役割だと認識するべきです。
例えば恋愛の場面でお相手の言葉が「嫌だ」と言うなら違うやり方がしたいということだし、「嫌い」と言うならこれまた違う方向性にしたいということなのです。
ところが「嫌だ」「嫌い」と言われると、もうこれは二度としない方が良いと思ってしまったり、この人にはこれは許されないと思ってしまったり、とてもシビアになってしまうのは、言葉に捉われているという状態なのでは?!
何しろ言葉はどこかに向かう為に発せられるものであるように使うしかないのですから。
恋人同士なのであれば、お互いを理解し合う為に。
お互いが心地よくいる為に。
お互いが良い人生を共有する為に。
あ互いに喜びを共にするために。
お互いに難題を克服する為に。
お互いが成長する為に。
あ互いが尊重する為に。
言葉を使うためなのですから。
この『言葉を使う意味』というのは、ほとんどの場合全く認識されておらんのです。
恋愛であればもちろんですが、恋愛で無くても、相手は自分のことをどう思っているか、相手は自分にとってどうなのか、という視点でしか『言葉』に対して見ていません。
これが結果的に言葉に捉われるということを招くのです。
言葉は目的や、どこかに向かうための道しるべにしかなりません。
言葉の向こうにこそ、本来の繋がり合う場所があるのです。
それは心とも言えますし、気持ちとも言えます。その人の人生があり、その人の感覚があり、その人の世界でもあります。
言葉に捉われないことが、結果的に求めていた心にアクセスすることができるのではないでしょうか。
もちろん言葉に反応しすぎないためにも、自分内面のケアも大切なことだとは思います。
どうしても傷ついてしまう時もあることも確か、でも根底にこのような『言葉にとらわれることはない』という意識を持っているといないとでは、関係性に対する可能性は大きく変わってくると思います。
言葉は目的や行きたい方向への道しるべ!
これはエックハルトトールさんも言ってます。
是非言葉にとらわれ過ぎず、関わることでゆとりを持ちたいものな訳です。
私達夫婦のウェビナーを11/1に行う運びとなりました。
すみません、ここでは9/30日と申していたのですが、ちょっと予定が合わず変更しました。
今回はもう満員でございますが続けてやっていこうかと思っておりますのでどうぞよろしくお願いします。
タイトルはTAOの方舟!
みんなの励みになるような視聴者参加型のウェビナーです。
恋愛のことも思いっきりお話ししてもらえるように、発言をしてもらえるように、視聴者様同士にはお名前も顔もわからない形でライブ配信です。
初の試みなのでとても楽しみです。
全国の人と繋がれると思うとワクワクします。
宇宙ミュージアム


