不安というものとどう付き合ってよいかわからなくて苦しい時ありますよね。
不安は見ようとしないとどんどんきつくなるもの。
もし言い知れぬ不安が出てきた時は、是非ハイヤーセルフからのメッセージをもらっていると思ってチャンスだという気持ちで少し見つめてみてください。
美しい豊かな宇宙の存在の皆さん!
こんにちは。
今日は不安について書いていきたいと思います。
私自身の今世はとても業が深く決して楽なものではないものです。
別に愚痴ってるわけではありません。
あくまで私個人の主観です。
でも私本人がそう思っているのでそれで良いのです。
業が深い上にありがたいことに子供の時から色々な経験を宇宙さんにさせられてきておりまして(笑)、生きているだけで仕事みたいな感覚が常にあるのです。
一般的な不安定が僕の安定と言えるかもしれないと思っているわけです。
転職も細かく数えられないほどですが、恐らく50回以上。
ですから当然安定がないと感じているのですけど、もちろんそんな人生であれば心には常に不安があるわけで
悩みが無いと言っている人を見ると本当にうらやましく思ってきました。
そしてそして大人になって、自分の人生をしっかりと受け入れないとダメだなと感じ始めた時に、初めて自分に向かい合った時は、この人生でのワークはどれだけ続くのだろうかと、またまた不安になるわけです。
そしてそしてそして不安というのは決してほおっておいて無くなるものではありませんでした。
それはどうしてかわかりますでしょうか?
不安はハイヤーセルフからのサインだからです。^_^
逃げても無駄だ、ちゃんと対処しなさい!と聞こえてくるのですよ。心に松果体に。
逃げてるつもりなんてない、だって逃げておるという自覚さえしてないんだから。
でもハイヤーは私を逃がしはしない。
そんな時いつも私は「誰だ!宇宙は優しいなんて言ったのは???!!!
ちっとも楽にしてくれね〜〜し!」
と拗ねてました。
そうなんですね、宇宙さんはお節介は焼きません、が、自分からはやっぱり逃げられないわけですね。
これは自分であるから仕方ない。
ではなぜ自分からは逃げられないのか?!
それは、この自分にある『不安』に取り組むことこそ自分が『取り組むべき道を指し示すライト』だからです。
取り組むべき道を照らすライト!
ということはここにいる意味でもあるのですね。
こことは地球でも次元でも今でも良いです。
ここにいるということ自体は今世書けて取り組むわけで、終わらないわけで逃れられないですね。
私は生まれてくるということは、自分からは逃げられないと確信してます。^_^
私にはとても強く孤独感がありました。
できれば無しにしたいような孤独感が。^_^
その強い孤独感は、「みんな同じ人生を歩んでいて孤独なのは私真一一人ではないんだから、一度しかない人生弱気な事を言っている場合でない。」と思っていたのです。
しかしその孤独感からの不安というのは常に付きまといます。
決して忘れようと思って忘れることができるものではないわけです。
【お詫び】聞こえが良いことを書けなくてすみません。決して自分からは逃れられません。^_^
まるで宇宙さんが「孤独感という忘れることはできないことが、まだお前にはあるんだよ!」と証明するように、現実に孤独感が襲ってきます。その現実の状況になれてしまっている状態です。
常に両親から理解してもらった会話のやりとりがなかった私は、心の奥底に「人に理解してもらえることは無い」という強い信念体系を持ってしまったのです。
それは現実に理解し合える人がいないという結果をもたらします。
大好きな仲間といても、大好きな友達といても、彼女といても奥さんといても、決して理解してもらえているコミュニケーションを現実化することができないのです。
孤独感を持っていると、誰かと一緒にいても孤独感を持ってしまうのです。
どこかで人に自分の何かを理解してもらえているのはわかります。
でも私には言葉のやり取りの中で理解というものを示す具体的なやりとりに飢えて飢えて飢えまくっていたのです。
他人から欲しい言動はただ一つ!
『貴方を理解してます!』というコミュニケーション。
私にはこのことが課題となっていたことに気づく時まで、理解してもらえない苦しさにもがいていることにさえも気づいていなかった。
そしてやっと自分のそのことを認識した時に解りました。
人生は自分の不安を認めた時にやっと自分のしたかったことがわかるのだ。
私の場合は「理解しているという言葉のやりとり」をしたい!というものだったのです。
ハグをするように理解が欲しかったのです!
こういう個人的な葛藤は誰しもに当てはまるものではないからこそ、同じ悩みを持つ人がいるわけではないからこそ、実際に行動を起こすことに難しさが伴うんですね。
理解していると言ってほしいのですから一見自己中心的なおかしな子なわけですから。
しかし、この事に気付きしっかりと相手に求めた時に何が起きたかというと
愛の感覚に繋がったのです。
それは私の中にある愛につながったとも言えるし、宇宙に存在する愛を感じたとも言える。
そうするとどうでしょう。
この一度掴んだ愛の感覚は決して私の元から離れることは無く、私が実際に「理解してる」のコミュニケーションをお願いした奥さんにも愛を感じながら接することが楽にできるようになります。
そして他人とのやりとりにもその感覚を軸にコミュニケーションを取れるようになります。
そこでまたわかる
僕のやりたかったことの一つとして、この愛の感覚で繋がるコミュニケーションの軸を持つことで私の人生は安定するんだと感じることができ、やりたかったことができたわけです。
これをしたかったんだとわかったのです。
この場所を確保したかったのです。
人生には拠り所が必ず必要です。
自分を安心してさらけ出せる場所が。
不安は人間であれば必ずあるものです。
それが人間です。
そして、その不安を人に頼ってはいけないという考えが今の社会に普通にあります。
しかし断言します!
不安は人に頼ることでしか解決しません。
何故なら、私たち人間の『不安』というものは、人と人をつなぐ架け橋だからです。
他人の不安を見るとバカにしてしまう人もいます。
それは繋がりを持とうとしていなければバカにすることで距離を置けるからですね。
不安はハイヤーセルフからの「そこにやりたいことがあるのだよ!」というサインです。
我々人間は生きて行く不安、寂しさへ対する不安、こういう不安があるからこそ、そこに行かないように行動を起こせるのです。
そして人と関わり、人に救われて、感謝と愛の感覚、フィーリングを知るのです。
もとめよ、さらば与えられんです。
これは他人に求めるのではない。
自分の内側にあるものを求めるもの。
その違いは?
自分の内側に求めるものがある時にそれを他人に伝えて見ることと、他人に何かを求めることの違いは?
感覚的に抽象的になってしまいますが、漠然としているか、求めるものがはっきりとしているかなのです。
自分の内側をしっかりと知り、意識的になれているかどうかなのです。
意識的でないと相手に求めた時に何を受け取るかわからないのです。
それは結果的に相手が与えてくれたとしても受け取れないというフィーリングで互いを嫌な気持ちにしてしまいます。
これが相手に求めてる時にやって複雑になる求め方なのです。
はっきりと意識的になること、それは相手との建設的な関係性ということに繋がるのです。
自分の内側にあるものを、ご縁したパートナーに求める場合、それは互いの関係に必要なことなのです。
それを与えてもらい受け取ることで関係は信頼と安定につながっていくからね。
逆に自分の内側にあるものでなく、自分が本当は何が欲しいか見ていないのに相手に求めると、相手から来るべきものが来ない、そして自分の欲しいものではないこととなり、結果的に相手を試したりということになってしまったりして不本意に終わるのです。
そうならないために自分の不安がある時はその不安をしっかりと受け止め、しっかりと意識的に行動するのです。
大切なのは、不安をしっかりと認め正直に行動する事です。
決して不安は良くないからと、戦略的に行動してはいけません。
何故なら不安は自分の心だからですね。
心を扱うからには、相手の心と繋がる必要があるのです。
戦略的に得ようとすると、相手にも戦略として受け取られてしまうので当然お相手に対して失礼になります。
心の問題だからです。
心は戦略では動きません。戦力で動くのは欲です。
ですから心を扱う時には是非正直に行動してくださいね。
正直に心を話してくださいね。
そうすればやりたいことは自然とできるでしょう。
人間関係が悩みになることでもあるけど、不安や悩み事は人間関係においてでないと解決できない。
これが宇宙の法則、パラドックス。
人間関係がめんどくさいとされることが取り上げられることも多い昨今
人間関係の面倒なところを見たらその反対のとても役に立つところも見よう。
必ず面倒な数だけ、豊かさがある。
私真一はこの面倒というところがあまりない。
多分逆にめんどくさがられることの方が多い。
この間もね、歯医者の先生と熱いやり取り。
で、担当を変えることになるという。^_^
しかも、セカンドオピニオンにも絡んでまいりました!
だからこの仕事が天職!
これも宇宙の法則パラドックス。
前回のブログにてお知らせしました、ライブウェビナー『タオの箱舟』の開催日が変更になりました。

