「もっと頑張らなきゃ」を手放したら、あれほど痛かった体が軽くなった | 九星気学×音楽で運を開く|シュカテン shucca+

九星気学×音楽で運を開く|シュカテン shucca+

九星気学・姓名鑑定・易経を18年指導するシュカが、運勢を仕事・人間関係・人生に活かす方法を発信。音楽と運勢学で才能と運の回路を開き、努力だけでは越えられない未来を動かします。村山幸徳先生直伝の叡智で、経営者の参謀・プロ鑑定士・気学講師を世界へ輩出中。

久しぶりに、コーチングの講座を受けました。

 

ここ数⽇、頭も背中も腰も
全身痛かったりして、

「熱中症かな」

「ステージが近いのに、どうしよう」

そんなふうに思って

外出をやめ、

2日間休んでいました
 

⼈には、

「⼟⽤の時期は体調が揺れやすいですよ」

「⼼配しなくても⼤丈夫ですよ」

と伝えているのに、
いざ⾃分の⾝に起きると、
やはり不安になるものです。
 

けれど今⽇、
あらためて思い出したことがありました。
 

それは、⾃分の状態を変えるには、
まず⾔葉を変えることが早いということです。
 

「どうしよう」

「最悪だ」

と捉えるのではなく、
 

「よっしゃ、やったー!」

「これも何かのチャンスかもしれない」
 

と、あえて⾔葉を変えてみる。
 

アンソニー‧ロビンスの伝えている世界は

仏教の身口意
村⼭幸徳先⽣も、いつもおっしゃっていました。
 

何が来たとしても、
神様のお⼿配である。

起きた出来事そのものよりも、
そこにどんな⾔葉を当てるかによって、
その出来事の意味は変わっていきます。
 

「最悪」と呼ぶのか?

「最⾼」と呼ぶのか?
 

言葉で解釈が変わるだけで

未来の行動が変わるのです
 

私たちはネガティブな周波数にも、
ポジティブな周波数にも染まりやすいものです

 

ここ数⽇、
「お⾦がない」という⽅の相談に乗っていました。
 

「無理です」

「できません」

「でも、だって……」
 

そんな⾔葉を⼆⽇間
ずっと聞き続けていたら、
頭から足先まで全部痛くなってしまいました

 

 

私たちは思っている以上に単純で、

周りの⾔葉や意識に影響を受けています。

 

⼈も出来事も、
周波数であり、
粒子であり、
量⼦の世界ではホログラム

 

だからこそ、誰と⼀緒にいるのか?

どんな⾔葉を聞くのか?

 

そして、⾃分がどんな⾔葉を使うのか?

 

それは、とても⼤切なことなのだと思います。
 

その⽅に、

「あなたの願いは何ですか?」と聞いてみました。

 

すると返ってきたのは、

「もっとスキルを上げたい」

「もっと仕事の精度を上げたい」

「もっとちゃんとできるようになりたい」

という⾔葉でした。

 

もっと自分がちゃんとしたら

お客様が来ると信じていました

 

願いのすべてが、

⾃分に向いていました。

 

もちろん、

技術を上げたいと思うことが悪いわけではありません。

 

でも、そこに強い執着や不⾜感があると、

 

「できない⾃分はダメ」

「もっと価値のある⾃分にならなければならない」

というエゴが、どんどん⼤きくなっていきます。

 

今⽇のセミナーで

 

本当に良いコーチになるには

⾃分に向けている意識や、

エゴの部分を⼿放していくことが⼤切なのだと聞きました

 

「うまくやろう」

「良いセッションをしよう」

「⼈の役に⽴とう」

という思いを、どれだけ捨てられるか?

 

その⾔葉が、とても深く⼼に残りました。

 

 

これは、私の歌も同じだと思いました。

 

私は、歌を聴いた⽅が何を感じ、

何を受け取るのかは、

その⽅の⾃由に委ねたいと思っています。

 

なるべく⾃分の中の余計な意図や、

「こう感じてほしい」

「こう変わってほしい」

という思いをなくして歌いたいと思ってきました。

 

それでもやはり、

「歌詞を間違えてはいけない」

「ちゃんと歌わなければならない」

「良いステージにしなければならない」

という思いは、どこかにありました。

 

けれど今回、

私の意図は

もっとシンプルでいいのだと感じました。

 

私は、あなたのために、ただここに存在している。

 

それだけでいい。

 

うまく歌おうとしなくていい。

 

何かを与えようと⼒まなくていい。

 

役に⽴とうとしなくていい。

 

余計なものを全部取り払って、ただ存在する。

 

それが、私の原点だったのだと。

 

そう気づいたら、

⼣⽅から急に元気になりました。

 

あれほど痛かった体は何だったのだろうと思うほど、

軽くなっていきました。

 

体が、私に⼤切なことを

思い出させてくれたのかもしれません。