前回からの続きです
来た道の先には清凉寺があります
通称・嵯峨釈迦堂
西門て言うのかな?今回はこちらから入りました

住所・京都市右京区嵯峨釈迦堂藤ノ木町46
HP→清凉寺
こちらには以前伺っています→清凉寺
今回は御朱印を頂いてませんので、御朱印は前回の記事をご覧ください(..)
門をくぐると、右手にこんな駒札があります
謡曲「百萬」と狂言堂

この駒札の裏に狂言堂があります
こちらで行われる大念仏狂言は、京都三大念仏狂言のひとつ
その反対側にある薬師寺

狂言堂の横(薬師寺の前)にある鐘楼

薬師寺と本堂の間に見たかった豊臣秀頼公首塚があります


その横には大坂の陣諸霊供養碑

本堂

こちらには有名な国宝の清凉寺式と呼ばれる釈迦如来立像があり、常時拝観することが出来ます

源氏物語ゆかりの地・解説

こちら清凉寺は、光源氏のモデルとなった源融の山荘・棲霞観(せいかかん)の跡に建ちました
と言っても、まず棲霞観が融が亡くなったあと、そこに阿弥陀堂が建立され、棲霞寺が出来ます
そのあと、宋から帰国した奝然(ちょうねん)が中国の五台山にならい愛宕山に五台山清凉寺を建立しようとしましたが、それを果たすことなく亡くなりました
その遺志を継いだ弟子の盛算(じょうさん)が、棲霞寺内に釈迦堂を建てたのが、清凉寺の始まりです
その釈迦堂に奉られたのが国宝の釈迦如来立像で、そちらは次第に興隆したのですが、棲霞寺は衰えてしまいました
(京都大知典、週刊古寺をゆく参照)
その棲霞寺の名残が本堂右手に残る阿弥陀堂ということです
次回はこの石碑にも書いてある小楠公首塚の寺へ向かいます
では、またぁ~(* ̄∇ ̄)ノ
















