前回からの続きです
境内の神牛の中で最も古い牛像なんだそうです
承和3(836)年には記録されてるそうです
北野天満宮の元になる神殿が建てられたのは天暦元(947)年
だいぶ境内社をはしょってますが、北野天満宮内には摂社・末社が全部で50社(他に境外に1社もあり)あります
゚ ゚ ( Д )
さすがに全部は写せない
本殿の裏にも拝礼するとこがあります
御后三柱(ごこうのみはしら)

解説

境内の北側、北門の方へ行くと文子天満宮(末社)があります

解説

文子とは多治比文子(たじひののあやこ・多治見と書かれてるものもあり)のことで、道真の乳母とも言われている人です

解説

境内の北側、北門の方へ行くと文子天満宮(末社)があります

解説

文子とは多治比文子(たじひののあやこ・多治見と書かれてるものもあり)のことで、道真の乳母とも言われている人です
文子天満宮は下京区にもあり、以前記事にしています→文子天満宮
最初はこちら(現在の文子天満宮の場所)で小さな祠を建て、道真を祀っていたそうです
その後、道真からの託宣があり、この場所に移しました
なので下京区の文子天満宮は、天神さん発祥地と言われ
この文子天満宮は、現在は天満宮の末社となってますが、北野天満宮の前身の神社となるそうです
(京の社寺を歩く参照)
その近くにはこのような石碑もあります
松永伍作氏顕彰碑
一旦、外に出て東門を目指します
次回は東門から
では、またぁ~(* ̄∇ ̄)ノ
















