長男のこと① | オレンジのハートをありがとう~お空から届けましょう~

オレンジのハートをありがとう~お空から届けましょう~

たくさんの愛があることを知りました。自分を信じて、生きていることに感謝して、今日という日を大切に。オレンジのハートを私の心に届けてくれた優しい笑顔のあなたとともに…今度は私も誰かに届けられる人でありたいと願いながら、ゆっくりマイペースですが綴っています。

突然ですが・・・爆笑
今まで自分のことを
ブログで語ることはなかったのですが
今年は少し開放していきたいほっこりと思い
今までのことを綴ることで
自分を見つめなおすことにもなるのかな〜
と思って少し息子のことを
書き残しておこうと思いますウインク

私の長男は中学生の時(今から5年前になるかな〜)
不登校になりました真顔

私は長男とぶつかることが多く
今でも時々、やりあってしまうこともあります😅

『不登校』という言葉は
自分のところには関係ないと
思っていましたし
あまりよくわかっていなかったので
学校に行かなくなってからは
そんな息子を私が受け入れるまでに
とてもしんどい時期がありましたショボーン

しかし後に・・・
この息子の経験があって
地元で「不登校の子どもをもつ親の会」を
発足して今、細々とではあるけれど
続けていますニコニコ
ここに至るまでに
いろんな思いで長男のことを
振り返っていた時期があり
文章を残していたので
それをこちらにも残しておこうと
思いますニコニコ


長男(Kとします)は
小さい頃から人見知りというのを
ほとんどした記憶がありません
誰にでも愛想をふりまいて
言葉を発したのもとても早くて
まわりから
「男の子なのに言葉が早いね~」
「男の子なのに、よくおしゃべりをするね~」
なんて言われたり
コンビニやスーパーなどでも
誰にでも話かけるので
恥ずかしかったり
ひやひやしたこともありました

迷子になっても平気でというか・・・
迷子ではなくすぐ近くにいても
自分の視界から姿が見えなくなると
探すのではなくお店の人に
自分で言いに行って放送が流れて
すみません…と恥ずかしい思いをしたことも
度々あったほどでした

2歳の時に保育園に預けましたが
人見知りのない子なのに
毎朝、もうそれはそれは大泣きで
心配で心配で後ろ髪引かれながら
仕事に行ってました
だけど姿がなくなると
いつもケロッと立ち直っていると聞いて
迎えに行くと今度は帰りたくない!
と言う・・・
なんなんだ??といつも思っていましたえー?

私は二人目が欲しかったのもあり
1年半ほどで仕事をやめ
Kは公立幼稚園に入れることになりました

でもそこでも毎朝、泣いて嫌がり
夏休み明けぐらいまで続きましたが
やっぱりそれも朝だけのことでしたアセアセ

幼稚園では先生より懇談の時に
自分で納得するまでに時間がかかり
納得しないと気が済まないとこがあります
と言われていました

私は自分の職業柄(保育士でした)
華やかな行事をしている裏側に
子ども達のものすごい努力と
頑張りを見てきたので
自分の子どもには小学校までは
行事にしばられないで
のびのびと自由にできる幼稚園にと考えて
公立幼稚園を選び
その保育方針のままに
Kはのびのびと友達と遊ぶことが
大好きになっていきました
ただ…遊ぶということが頭に入ると
例えば、友達との約束が成り立たなかったり
急に用事ができて遊べなくなったりすると
大泣きで、何度、話をしても
なかなか納得せず
ずっと泣いていましたえーん

遊んでいても、帰りの時間になると
ぐずっていつもすんなり帰れない・・・
そんなKでしたうーん

他の子は多少
文句を言ったりすることはあっても
お母さんになだめられたら
案外、嫌々ながらもあきらめたり
バイバイ!バイバイってすんなり帰っていきます

毎回、すごい状態になるKに
何度も向きあって話をして
泣きながら連れて帰り
その場で本当は怒ってしまいたい気持ちを
私は押し殺して
どうしたらそういう時に
気持ちを切り替えることができるのか考え
話をしたり時には物でつってみたり・・・
私なりの怒らない努力をしていました

その当時、私は、保育士をしていましたニコ
その職業へのプレッシャーとまわりの期待が
私をそうさせていたんだと思います

旦那からは初めての子育てなのに
「お前に任せた」と言われ
義父母からは
「あなたに任せておけば大丈夫ね」
なんて言われ実母からも
「あんたやったら、やっていける」
なんて言われ
私は弱音を吐くどころか
当然のように
頑張らないと!
私にはできるんだ!
と思うようになりました

だけど…仕事と自分の子育ては違いますショボーン
私も新米ママさん!
思うようにいかないことだって沢山ありました
身内に相談できなくても
今なら、もっと違う場所や
友達に少し話をしていたらと思うけれど・・
その時は、それさえもできずにいましたぐすん

だけど、そうやって私は一人で考え
模索しながらも
必死でまわりのママさん達と
会話を合わせ
時には相談にのったりなんかして・・・
自分のことは自分でなんとか
解決するしかありませんでした

自分の育ってきた環境もあるんでしょうが
そうやって私はいつも仮面をかぶり
表面上は笑顔の頑張るママさんを続けていました

いや…幼い頃から
笑うことで自分の気持ちを
押し殺してきたのかもしれない
笑ってごまかすことしかできなかったから…

二人目もなかなかできず
Kはなんとか幼稚園生活を終えて
小学校での生活が始まることになりました

この続きはまた今度に・・・照れ