【※シリアスな内容なので閲覧注意※】
洗濯物が山積み とか
お風呂入ってない とか
鬱状態だったら”やりたくてもできないこと”。
わたしが10歳前後の頃
母が「踏切で一緒に死のう」って言って
家から坂道を降りたところで
「嫌」ってわたしが言って
「嫌なの?」って母が聞き返して
そして来た道を戻ってくれて。
それ以降20歳過ぎ頃まで
「死にたい」「死にたい」って何度も言われて
「もう聞きたくない」って言ったら
いつの間にか言わなくなって。
そして年月が経ち
日常のいろいろに気を取られて
気付けなかったけれど。
母は”いくらでも死ぬチャンスはあった”。
けれどそれを選ばずに
”生きる選択をした”。
それに母の死後気づいたとき
洗濯物が山積みだろうが
何日も風呂に入らなかろうが
『生きていてくれたことだけで有難かった』ことを知った。
昨日は母の誕生日。
2016年12月30日に他界して
年明け元旦にずっと帰りたかったはずの家で一晩過ごした。
曇っていてもその上には太陽があるように
『ほんとうにたいせつなもの』はいつも気付けばそばにあった。



