一番は、母親の介護で仕事に行けなくなったことです。
当時、派遣社員であるにも関わらず、ありがたいことに所属部署初の介護休暇を貰えて、復職の機会までもらえました。
しかし、同じ市内でしたが、片道一時間離れた家に住む母親の週に数カ所の通院付き添い。
母は元々持病があり、その科の診察のために、待ち時間から会計後に薬局で薬を貰って帰ると半日以上終わるものもありました。
福祉関連手続きを1人でこなしながら、自宅からの片道約1時間、実家からは約1時間半の都内通勤を続けることは出来ませんでした。
わたし自身が10代から鬱症状があり、20代から仕事に行くのが朝辛いときは抗うつ剤を飲みながら勤務していました。
35歳ころまでは感情の浮き沈みが強いときがありました。
仕事を本当は辞めたいのに生活のために辞めることができなかったので、ちょうどその頃、正社員を辞めたことにも関わるかもしれません。
以降は浮き沈みがかなり和らぎました。
ただし、まったく無くなったわけではなく、都内へ片道約1時間通勤の派遣フルタイム勤務は続いたので、手元に薬を切らさないようにし、以前よりも頻度は減りましたが、辛いときは服用していました。
40歳ころから、70代になり実家で一人暮らす母の高齢者としてのサポートも必要になってきました。
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その後のことと、簡単な略歴は下記に記してあります。
(一部重複部分あり)
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兎にも角にも、自分を癒したかった、心を楽にしたかった。
そして、もう一つは、どうしても心の底から愛せない母を愛したかった。
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カウンセラーの資格を取った頃から、14色のガラスボトルを使ったカラーリーディングをやっていくうちに、気になる色は本来の忘れ去られた欲求や希望を教えてくれることに気づいたのです。