江戸時代にタイムスリップ今井町町並み
盆と正月が一緒に来た様なものって言う祭りの話。それぐらい楽しいって例え?いくら好きな自分でも、これはちょっと良く分からない。それ言うと、今年もありがとうございました!来年も宜しくお願いしますって書かないと行けないもんね。明日から岸和田祭。さて、盆休みだからどこか行こうか。自町の盆踊りあって行けねぇ。近所ぐらいならって、近所じゃないが、ふと思ったので思い付きで急遽出かけ橿原まで行って来た。早よ行ったら行動範囲が広がるけどさ。時間も余裕出来るんだけど、毎回、朝ゆっくり目に出かけて訪れる。まずは近鉄大和八木駅近くに車置いて畝傍駅辺りから散策開始。ちょうど昼やし、昼めしどうしようか。晴れてんのに橿原着いた時。変な雲行きを眺め、あぁ雨降ってくるんやろなぁ。こればっかりは、しゃぁーないよね。当てにならん予報な時もあったりするが強ち天気予報は嘘じゃなかった…茶寮百代、すだちうどん。氷を入れた冷うどん。トッピングには輪切りのすだちを円描くよう乗せてる。すだちの上品な酸味が爽やか。塩分控えめさっぱりした出汁に、キュッとしまったうどん。でした。外出たら余計、どんよりしてるやんかと、先ずはこちら。今井町の観光拠点となる施設が華甍。町の歴史や文化を紹介する資料館として機能してるんだ、そうな。町並みの模型。ちゃんとそれなりに資料展示は見てるんですよーって…あっ、ばれたか(笑)らわらわら割今井町は、戦国時代( 16世紀前半 )に寺内町として造られ、現在も約500棟もの建造物が残る。この日は、まずその今井町を散策の後、おふさ観音へ行く予定にしてた。そう言えば、この前来た時にはスルーした神社は?と行けば…笑うしか。やっぱり雨降って来た。創建年代は不詳とされ、明治の廃仏毀釈で廃寺となった天台宗寺院である常福寺の鎮守社で、常福寺が慶長18年( 1613 )の上棟であり、現存する当社最古の石燈籠銘に、慶安五壬辰年仲春吉日とある事から、江戸時代以前には創建されていたものと推測される。現在では、山門や仏像等を安置するお堂がある為、今でも神仏習合の痕跡を残す神社となっています。春日神社、拝殿。御祭神は、天児屋根命( アメノコヤネ )日本神話に登場する神、藤原氏の氏神として信仰される。降ってた雨は何なんだったんだ?と、言いたくなる御祭神の天児屋根命を見てる感じ。境内の中に、だんじり小屋発見。扉のね目線辺りが、ちょうどガラス戸になってるから覗いて見た…御朱印あったとはね。ふらっーと思い付きで訪れただけなので、御朱印帳持たず。雨上がりムッーと、蒸し暑い(笑)室町時代の天文年間( 1532~55 )、本願寺の今井兵部によって建てられた称念寺が、今井町の起こりと言われる。農民等を門徒化し、ここを拠点に一向宗の布教進める為で、後に諸国の浪人や商人が集められ、町場を形成したこの様な町を…寺内町と言います。江戸時代の17世紀後半、第5代将軍・徳川綱吉の頃に幕藩体制が整っても、商業が盛んだった今井町は衰える事なかったそうです。本町筋の中ほどにあり無料開放されてる、今井まちや館を訪問する事を華甍で薦められたので訪問した。訪問する事薦められた言いながら入って良いのか 眺めてたらどうぞ!言われ入る消極的。今井まちや館は、18世紀初期頃の町家を解体修理し、当時の姿を復元した建物で無料開放され、実際に座敷等に上がり見学可能。江戸の町家の様子を体感出来る施設。今井町内の通りは、景観保全と防災の為、電線の地中化勧められてて、道幅あんまりないが景観的には結構スッキリとしてる。町内の殆んどの道路は真っすぐではなく、この写真では分かりにくいが、道の奥は家が建っていて、一度右に曲がる区画。すぐに左折すると、更に奥へ進める様になってる。これは敵の侵入に備え、見通しを悪くさせるとともに、弓矢や鉄砲の居通しを不可能にする為に作られたもの。こんな所にも戦国時代に出来た寺内町の歴史を感じる事が出来る。この建物で、あさが来たや伊右衛門のCM撮影した場所。そう言えば、前に来た時にも、このへっついさんだけ写真撮ってた様な気するんやけどなぁと書いてて思い出す。中途半端にお昼頃来て散策するから時間に余裕ないんよね。奥に行く事が出来た見たい。蘇武橋のエノキ。景観重要樹木に指定されており、樹齢420年と推定され、ここのランドマークとした役割も果たす。因みに、今井町散策だけじゃなくって初めに書いてるけどね。風鈴の寺にも訪れる話は、次回。重要伝統建造物群保存地区の今井町。細い路地、古い建物、立派な蔵、江戸時代にタイムスリップした。これだけも残ってるのは、珍しい。ブログを書くって言うのは減ったけども、ブロ友さんの投稿は、ちゃんと毎日見てるが明日から祭りだし、3日程休みだね。それでは皆さん良いお年を、って書いてるやん(笑)