ジャック・タチの映画に『ぼくの伯父さん』という作品があります。
型にはまらない伯父さんと、少年との交流を描いた映画です。
伯父さんは、どこか不器用で、世の中の効率や常識から少し外れたところにいます。
大人たちから見ると、少し煙たい存在かもしれません。
でも少年にとっては、いつも新しい世界を見せてくれる、魅力的な大人です。
先日、私のおじさんが亡くなりました。
私にとってのおじさんも、まさに『ぼくの伯父さん』に出てくる伯父さんのような存在でした。
(『ぼくの伯父さん』の伯父さんほど破天荒な存在ではありませんが……)
おじさんは、いつも新しいものを持って来てくれる人でした。
子どもの頃の私にとって、それは単なる「もの」ではなく「世の中にこんなものがあるんだ」と世間の間口を広げてくれる人でした。
ある日、おじさんがいつも自慢をしているように感じ、一度だけ悪態をついたことがあります。
別におじさんに悪意があるわけでなく、なぜかおじさんを困らせるような言葉を発してしまいました。
とくに理由はありません。
それからしばらく、おじさんは私に話しかけなくなりました。
私が大人になってから、おじさんは、当時まだ珍しかった家庭で使えるカラオケ機器を購入して、よく家に誘ってくれました。
(最初は、カセットをガチャガチャと入れるもので、次にレーザーディスクにグレードアップしていきました)
両親といっしょにおじさんの家に行き、カラオケをみんなで楽しませてもらいました。
でも、おじさんはカラオケで歌おうとしません。
そのとき、思ったのです。
「おじさんは自慢をしたかったのではなく、みんなに楽しんでもらいたいと思っていたこと」を。
子どもは、友人、親や先生だけから影響を受けるわけではありません。
少し距離のある大人、少し変わった大人から思いがけない影響を受けることがあります。
私が今、新しいことに挑戦したいと思うこと。
人と違うやり方であっても、自分なりに考えて動いてみたいと思うこと。
面白そうだと思ったことには、まず近づいてみたいと思うこと。
そうした私の中の一部は、きっとこのおじさんから受け継いだものなのだと思います。
人が人に与える影響は、その場ではなかなか分かりません。
後になって振り返ると、「あの人がいたから、今の自分の感じ方がある」と思うことがあります。
おじさんは、私にとってそういう人でした。
ありがとう、『ぼくの伯父さん』。
合掌