女神であることを思い出す
「自分史上最強の人生レシピ」
ビーナスクリエイター 聖子です
私たちは、言葉を使ってコミュニケーションを取っている
取っていると思っている、という表現が正しいのかもしれない
↑バリのホテルからの景色
誰かの言葉に傷ついたり、感情的になったり、自分自身を責めたり
言葉って、人間が生きていく上で、便利だから作り出されたものだろう
好きという感情、言葉では好きと表現するけれど、恐らく人によって違う
嫌いと言う感情、言葉では嫌いと表現するけれど、恐らく人によって違う
悲しいと言う感情、言葉では悲しいと表現するけれど、恐らく人によって違う
そしてまた、自分自身で表現するときでさえ、好きは毎回違うし、嫌いも毎回違うし、悲しいも毎回違う
今感じたこのことを、好きだと表現しよう、嫌いだと表現しよう、悲しいと表現しようと、選んで決めて表現している
ただ、その感情に、近い言葉を選んでいる
同じ表現であっても、その時に内にある感情は、毎回明らかに違う
そして、好きだから、嫌いと表現してしまうこともある
ほんとは悲しいけど、ありがとうと表現してしまうこともある
言葉ほど曖昧で不確かなものはないと、日々感じる
本当は言葉なんてない方が、人と人のコミュニケーションは上手く行くんじゃないだろうか
簡単に言葉に表現できてしまうことで、本来の人と人とのコミュニケーションが、取れないのではないだろうか
↑バリのホテルの花
いつからか、これを感じるようになり、私は言葉を重視していない
その奥にある感情を見て、感じて、その後に言葉を受け取るようにしている
だからか、言葉自体で自分自身が傷つくことは、ほとんどなくなった
仕事をしていく中で、乱暴な言葉に傷ついている人とも、多く関わる
そんな人たちに、伝える
でも、その一見乱暴に聞こえる言葉に、愛はないのだろうか
言葉を上滑りして聞くのではなく、言葉の本質を見ることは出来ないだろうか
どんな感情の元で表現された言葉なのか
もちろん他人だから想像することしか出来なく、そんなに細かくわかる訳ではないと思う
でも、発せられた言葉でなく、そこの相手の心を見ることが出来れば、そんなに責められたと感じることもないんじゃないだろうか
どんな背景で、どんな状況で吐いた言葉なんだろう
今その人は、どんな心理状態なんだろう
本当は、そこまで考えれることが出来ればいいと思う
昔、仕事で上司に怒られた時、別の上司に怒られたことが、腑に落ちないと相談したことがある
怒った上司の今の心理状態を、考えろ
全部は見えないだろうけど、相手を知り背景を想像しろ
答えは、これだった
これは感じるとは、少しずれるけれど、私は大切にしている
仕事が上手くいっていなく、イライラしているときの言葉なのか
子供のことで、いろいろあり落ち込んでいるところからの言葉なのか
旦那さんと前の日喧嘩して、それ感情を引きずったままの言葉なのか
もっともっと、人は人との丁寧なコミュニケーションを、大切にして欲しい
もっともっと、丁寧なコミュニケーションを取るには、どうしたらいいかを考えて欲しい
そして、丁寧でない乱暴なコミュニケーションを通じての、言葉と言う曖昧なものに翻弄されないで欲しい
そんな乱暴なやり取りで、自分自身を傷つけないで欲しい
おわり
自分史上最強の人生レシピ
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