そんなわけでピアノの話。
私のピアノ話は表現が
気持ち悪いことで有名ですが
今回はそこからさらに進んで
内容まで気持ち悪くなる予定。
つまり第二形態。
さて私は今ドビュッシー作曲
『亜麻色の髪の乙女』を
練習しているのでございます。
20年以上前の一時期の私は
確かにこれを弾けていた・・・
ような気がする・・・みたいな
思い出がある・・・かな・・・?
というあやふやな記憶をよすがに
せっせせっせと練習すること
・・・あれ?今で3か月目?
もっと長く取り組んでいる
気もするのですが、ともあれ、
ここにきてミスタッチは
(基本的には)なくなった。
楽譜に書いてある通りに
音の強弱も(ある程度)
正しくつけられている。
テンポも(それほど)
間違ってはいない。
・・・たぶん我々(私と乙女)は
最終難関『仕上げ』に
近いところにいる・・・!
そしてここにきて登場した
ある意味最大の疑問:
ピアノの先生につかないで
独学でピアノを練習する場合
何をもって
『仕上げ完了』となるのか。
いやもう正直、私のこの
亜麻色の髪をしたお嬢さんは
去年の秋に再会したころの
あの絶望の容貌からすると
考えられないほどの回復を見せ、
ブツブツ・ガサガサ・ブヨブヨだった
直視をためらう肌は艶を取り戻し、
爪が欠けサカムケだらけだった
手も若々しい色味を回復し、
猫背も直り手足はすらりと
身体は健康的な丸みを帯び、
人を睨む癖もなくなったし
普通に会話もできるようになったし、
そして何より彼女のあの
わけのわからないアブラで
ガチガチに固まっていた
フケとゴミ汚れだらけの髪の毛は
現在ふっさりと豊かに
肩甲骨の下まで伸びている。
体臭っていうか悪臭も消えた!
今の彼女からは
清潔な石鹸香がする!
よかったよかった!
よく頑張りましたね、
もう退院して大丈夫ですよ!
・・・でも問題は
ここからだったのです・・・!
このお嬢さんを、現在
『普通に健康で
可愛らしい』娘さんを、
私はここからどの方向に
連れて行けばいいのか?
つまりこの子の中にある
『美しさ』をどう表に
出してあげればいいのか?
それはすなわち私が
思うところの『美』を世に
高らかに宣言する行為であり
つまり己の根底にある感性を
ストレートに他者に示す姿勢であり
・・・あの!それって私が
実生活において徹底的に
避けていることなんですけど!
だからその・・・これ、
一歩間違えるとあれなんです、
『昭和のカラオケおじさん』に
なっちゃうんです。
こぶしを過剰にきかせたり
意味なくロングブレスを
披露したりの自己陶酔。
アレは嫌だ!恥ずかしい!
でも『楽譜通りに音を出せます』で
『仕上がり』というのはやはり
音楽としては正しくない、
何故なら音楽というのは
『音』を『楽しむ』と書くからだ!
というわけで最近の私は
『亜麻色の髪の乙女』を
練習するにあたって
一時期浮かべていた愛想笑い
(ミスを誤魔化すための
薄笑い、ともいう)とは無縁に
無表情、ほとんど仏頂面で
楽譜に向き合っております。
笑ってる場合じゃないのです!
そしてそんな私の隣には
わが空想上の
亜麻色の髪の小娘がいて
「あんたってさ、どうしてさ、
技術的なレベルが
所詮この程度なのにさ、
音楽的にそこまでレベルのことを
目指そうとしちゃうの?」
の一言をぐっと飲みこみ
やはり同じく仏頂面をして
私に付き合ってくれています。
「・・・弾けているよね?」
「譜面通りにはね」
「でも満足できないよね?」
「アンタができないならね」
「だって君はもう少し上の
美しさを目指せるはずだもんね?」
「アンタが私の中にそれを
見つけられるならね」
・・・なんか・・・もう・・・
辛くなってきたんですけど・・・!
なんだよ!
数か月前の『1小節内で
まさかの連続6音タッチミス』
とかやっていた時のほうが
私は明らかに気楽だったよ!
子供だったらここで
「もうつまんないから止めた」
って出来るのになあ・・・!
でも大人だからなあ・・・!
弾いています。
少し前までは
亜麻色の髪の娘っ子と
ドビュッシーの悪口で
盛り上がることも
出来ていたのですが
今はもう・・・
そんなこと言えない・・・
心境というのは
日々変化するものですね
の1クリックを
↓
