さて夫(英国人)の実家には

黒いむく毛の犬が一匹おります。


私のことだね


この犬の取り扱いに関して

夫の家族は現在二派に分かれ

日夜熱い議論を交わしております。

すなわち

「犬なんだからもっと運動させてやろうぜ」派対

「老犬なんだからもっと休ませてあげましょう」派。

夫とその弟たちが「運動させてやろうぜ」派で

夫の母と妹が「休ませてあげましょう」派です。


私が近頃夫の実家にまいりますと

さかんに植林などして遊んでいるのは

皆様ご承知のとおりですが(前述

私と夫はこの外出に

くだんの黒犬を伴うのを楽しみとしております。


だだっ広い荒野を横切りながら

口笛を吹いて呼ぶと

地平線のかなたから犬が駆け寄ってくる。

私と夫が焚き火を起こしたり

苗木の横に添え木を打ち付けたりしている間

犬は近くの木の根元をかぎまわったり

妙に汚げな泥の上で身をよじったりしている。

仕事が一段落したので休憩していると

犬も走りよってきてそばに伏せる。


夫の弟達も植林こそしませんが

実家に帰省するたび

犬と一緒に遠出して

一、二時間ほど外を歩き回るのを

楽しみにしている様子。

犬のほうも

夫や夫の弟達に誘われ外に出ると

普段よりもたくさん遊べることを学んでいるので

彼らが外出する支度を整えていると

興奮して寝床から飛び起きてきます。


これぞ犬との生活の醍醐味


と拳を振り上げて主張したい私なのですが、

「休ませてあげましょう」派の義母や義妹にいわせると

こんな所業は狂気の沙汰、

ほとんど犬への虐待に等しいのだそうです。


「ちょっと!犬を外に出さないで!

もうその子はおじいちゃんなんだから!」

「犬が外に行きたがっているんだよ!

僕達は何も強制していないよ!」

「じゃあ外に出してもいいけど

あんまり長い時間外で遊ばせないで!

今日も風が強くて気温が低いんだから!」

「犬は外での遊びを楽しんでいるよ!

家の中に閉じ込めておくほうがかわいそうだよ!」

「閉じ込めておけなんて言っていないわよ!

物には限度があるって言っているのよ!」

「その限度を短く設定しすぎるのが問題なんだよ!」


このような会話を

私は何度あの家で聞いたことでしょうか・・・


義母と義妹の主張が

理解できないわけではないのです。

犬、当年13歳。

人間の年齢に換算したら

とっくに90歳は超えているわけで・・・

そりゃそうだ、私だって

うちの夫が東京に遊びに言った際に

わが祖父(93歳)を連れて

クロスカントリースキー3時間コースに出かけたら

かつてないほど激しく夫を責めるわ。


ただ犬と人間では

話が違うという思いもあるわけで。


夫と義弟たちは

「犬のクオリティー・オブ・ライフ高めるためにも

遠出に連れて行ってやったほうがいい」

と心から信じていて、これに対し義母と義妹は

「何種類もお薬を飲んでいるような年老いた犬を

寒風吹きすさぶ中長時間連れまわすなど言語道断」

とこちらもまた疑いなく信じているのです。


特に義母は先日この犬が

突然腰が抜けて立てなくなり

その状態が24時間続いた姿を

目の当たりにしているので

いっそう犬の健康が心配なんだとは思います。

犬も確かに以前の食欲はないし

後ろ足は曲げづらくなっているようだし。

義母にとっては

犬が長時間外で遊んできた後

寝床にばったりと倒れこみ

死んだように寝てしまうのさえ不安らしい。


「母さん、いくらなんでもそれは心配しすぎだろう、

犬がよく寝るのはいいことじゃないか」

「あのね、貴方たちが家にいないときは

私が毎日あの犬の散歩をしているのよ。

最近のあの子は私が散歩に誘っても

なかなか外に出たがらないのよ」

「・・・それはお母さんの

散歩の仕方が下手なんじゃ・・・

アアアアア、何でもありません」

それは言い過ぎだと夫の腹をつねる私。


人間達がお互いを論破しようと

躍起になっているかたわら、

議論の的である当の犬は

床に寝そべって平和な顔つきをしています。

いずれにせよこの犬が

ヨークシャーのアダムス・ファミリー構成員全員に

愛されていることは間違いないのでありました。