前回
からフランスつながりで
映画『マリー・アントワネット』の話。
去年の年末に映画館で観ました。
私の感想は主に二つ。
ひとつは
「コッポラ監督、あたかもマリーのごとく
製作途中でお金がなくなったのでは?」。
映画の後半20分
妙に演出が貧乏臭くなります
(群集を声だけで表現とか)。
映画前半で
観客の目をくらませたお菓子とドレスの洪水に
予算をつぎ込みすぎたのではとつい不安に。
もうひとつは
「池田理代子(敬意をこめて呼び捨て)ってすごい」。
字幕なしで英語の映画を観ると
普段は必ず
「登場人物名が拾えない」
という問題に直面する私ですが
今回は速やかに理解。
「フェルゼン」とか「ポリニャック」とか
普通に考えたら聞き取りにくいはずなのに。
これが予備知識の勝利というものなのですね。
ではその知識はどこから来たのかというと
そう、それこそかの名作
『ベルサイユのばら』から来たのです。
もうね、映画の次の展開
こっちは全部知っていました。
だってマリーの生涯については
すでに漫画で知っているのですもの。
そして気がつくと映画全編を
『ベルばら』と比較しながら観ている私。
「デュ・バリー夫人下品すぎ」とか
「フェルゼンちょっとは悩みためらえ」とか
「ルイはもう少し格好良くてもいいのでは」とか
(池田理代子は
「結婚するならルイ16世」とまで言っているのに
・・・こんなことまで知っている自分が謎です)。
三つ子の魂百までとはこのことですね。
映画にオスカルが出てこないのはいいとしても
何故ポリニャック伯夫人が
「文句があるならベルサイユにいらっしゃい」
と言ってくれないのか、
何故マリーがノアイユ伯夫人を
「エチケット夫人」と呼んでくれないのか、
と悔しくなるほど
私は『ベルサイユのばら』を
自らの血肉としていたようです。
ちなみに映画それ自体はイマイチ。
観終わった後、これがヒットするとしたら
日本だけではないかと思いました。
アントワネット市場を池田理代子がすでに
開拓してくれている地域なので。
池田理代子(心からの敬意をこめて呼び捨て)
の偉大さについてもう少し書きたいので
次回に続く。