瑠香ですにっこり



「わたしなんてもの、なかった」という気付きから始まった「影響と接点」のお話も、今回で最後です。


ここまで読んでくださった方、ありがとうございます!








『私もまた、誰かの世界の接点になる』





そして最後に、もう一つ。


世界からどんな影響を受けたいのか。

どんな影響を選びたいのか。




そこまで考えたら、今度は反対側からの視点が生まれました。




わたしは、世界にとってどんな接点でありたいんだろう。




これまでは、「人から影響を受ける自分」をどうするかを考えてきた。




でも、わたしだって誰かに影響を与えている。




誰かと話した言葉が、その人の一日を少し変えるかもしれない。



何気なく紹介したものが、その人の新しい興味につながるかもしれない。



一緒に笑ったことが、誰かの気持ちを少し軽くするかもしれない。



逆に、自分では意図していなくても、

誰かに何かを与えてしまうこともある。





そう考えると、「影響を受ける側」と「影響を与える側」は、完全に分かれているわけではない。




接点では、いつも両方が同時に起きている。




私は誰かから何かを受け取りながら、同時に何かを返している。




そして、その人もまた誰かへ影響を渡していく。




そうやって、影響は一人の中で完結せず、


人から人へ

場所から人へ

人から場所へ


世界の中を巡っていく。



だったらわたしは「どんな自分になりたいか」だけではなく。



わたしと触れ合ったものに、どんな変化が生まれてほしいか


という意識を持っていたい。




安心してほしいのか。


何かに興味を持ってほしいのか。


少し自由になってほしいのか。


新しい世界を見てほしいのか。


自分では思ってもみなかったことに、一歩踏み出してほしいのか。




ただ一緒にいる時間が心地よかった、

それだけでもいいのかもしれない。




「人に良い影響を与えなければ」と力む必要はまったくなくて。



わたし自身が、自分にとってよい影響を選び、


そこから生まれた変化を生きていれば、


その変化そのものが、誰かにとっての新しい接点になることもある。




わたしを生きること(影響を受け入れ選び、扱うこと)と、誰かに影響を与えることは別々のことではない。




わたしは世界から影響を受け入れる。


そして、わたしもまた世界の一部として、

世界に影響を返していく。




その循環の中に、「わたし」と「世界」の接点がある。




わたしは、どんな接点を選んで生きたいか。



どんな影響によって、自分を変化させていきたいか。



そして、


わたしは誰かにとって、どんな接点でありたいか。




その答えもまた、最初から決めておく必要はない。



その時その時、人と出会い


世界と触れ合い、影響を受け


自分も何かを返しながら、


少しずつ見つけていけばいい。




自分なんてものは、ほんとうはない。


世界なんてものも、ほんとうはない。



あるのは、


自分と世界が触れ合う、その瞬間。


そこから生まれる、影響と変化。


そしてまた、次の接点へ。







そんなふうに世界と関わりながら、

幸せになっていきたい。



そして、


わたしと触れ合った誰かもまた、


その人自身の幸せへ向かう何かを、

見つけるキッカケになれなら。



とても嬉しい。




あるのは、接点。


幸せの循環の繋ぎ目。