こんにちは!
前回の記事に応援メッセージをくださった方々、ありがとうございます![]()
ブログに書くことで、孤育てではなくなっている気がして嬉しいです!
またコメントお返事させていただきます![]()
さて、話は変わるのですが
昨日、小豆島のおじいちゃんが亡くなった、と連絡を受けました。
この間大晦日に会った時は、認知症は進んでいたけれど、顔色はよかったので
「もう1回会えるかな?」くらいの気持ちだったのですが...
私が留学で渡米し、アメリカに残ることになり
パンデミックになり
全く帰れそうもない状態で
「もうおじいちゃんがごはんを食べなくなった」と聞いてから
どれだけ「もう会えなかったらどうしよう」と思ったことか。
でも念願かなって、去年の4月に久しぶりの再会!
旦那さんと娘さんにも会ってもらうことができました!
おじいちゃんの姿は変わり果てていたけれど
私が来たことをとても喜んでくれて、私は涙が溢れてきました。
そしてこの前の大晦日にも会えて
もう会えないかも、と思ったところから
2回会えたんだからよかった
と思う気持ち。
でも1週間前にアメリカに戻ってきたばかりだったので
もう少し滞在が長ければ、私もお別れに行けたのに
と思う気持ち
が混じり合っています。
他の兄弟は皆、小豆島に集まれたようで
私だけお別れに行けなくて悲しい、悔しい
なんでこんな遠いところに住んでいるんだ
と、どうしても思ってしまう。
少しだけ、おじいちゃんの話をします。
おじいちゃんは歯医者さんでしたが
趣味が幅広く
尺八や詩吟がとても上手でした!
歯科医院の上に、趣味部屋があり
音響や色んな電子機器があり
カラオケマシーンもありました。
生活が便利になるように、とちょっとした発明もしていて
刃物を研ぐのも上手でした!
私は幼稚園の頃、2ヶ月ほど小豆島に住んでいるときがあって
その時に1回だけおじいちゃんに怒られたことがあります。
普段の短い滞在なら、孫にそんな怒ることもないでしょうが
一緒に住んでいたことにより
怒られたことがある、というのがなんだかスペシャルな思い出です![]()
私が岡山を出て、神奈川県の大学病院で働き始めて
ちょっと元気がない時があって
おじいちゃんおばあちゃんが会いにきてくれたことがありました。
一緒にご馳走を食べに行って
最後におじいちゃんがニコニコしながら
「さとちゃんのおかげで、おじいちゃんはご馳走が食べれました。ありがとう。
無理せずやりなさい。」
と言ってくれたことをよく覚えています。
素敵な、優しいおじいちゃんでした。
今、告別式の時間になりました。
先ほど、お父さんが祭壇の写真を送ってくれました。
素敵な遺影写真でした。
お別れには行けないのは、本当に辛いけれど
心より、心よりご冥福をお祈りします。

