こんにちは!
やっとウェブサイトの方が落ち着いたので、日本に一時帰国していたときのことを書いていきたいと思います![]()
以前、たくさんの方に応援&温かいコメントを頂いたこの記事↓
ついに、会えましたー![]()
私の母方のおじいちゃんおばあちゃんは瀬戸内海の小さな島、小豆島に住んでいます。
おじいちゃんは96歳で、おばあちゃんは91歳
少し前まで、「二人ともなんであんなに元気で自立しているのか?」と皆驚いているほどでしたが
やはり病気をしたり(おじいちゃん)、転倒して骨折したり(おばあちゃん)
両親から連絡を受ける度に、とても心配していました。
特におじいちゃんがごはんをあまり食べなくなり、寝る時間が増えたとのことで
いつも気にしていました![]()
3年ぶりに日本に帰り、関東で予定を済ませ、実家のある岡山へ
新岡山港から土庄港までフェリーに乗り、やっと慣れ親しんだおじいちゃんおばあちゃんの家に着きました!
するといつものようにおばあちゃんがニコニコしながら迎えてくれ
「まぁまぁようこそ!」
と娘さんに近寄った瞬間に
娘さんは私のおばあちゃん、彼女のひいおばあちゃんになつく![]()
「まぁ、可愛らしい
長生きするもんじゃわー!
よく写真を見せてもらってるんよ、やっと会えたねー」
と言ってくれ、胸がいっぱいになりました!
おごちそうを頼んでいてくれたので、皆で食べ
左上はあわび
寝室にいるおじいちゃんのところへ
おじいちゃんは変わり果てていました。
「さとちゃんがアメリカから来ましたよ、ちょっと起きませんか?」と優しく話しかけるおばあちゃん
「さとちゃん、さとちゃん...」
と寝ぼけて何回か呟くおじいちゃん
ちょっと認知症もはじまったって言ってたし、もう私のこと覚えていないかも、と思ったその時
「あぁ、さとちゃん、お久しぶり、昔はここで寝とったなぁ」
と
私が幼稚園で小豆島に数ヶ月預けられていた時に
私と弟はおじいちゃんとおばあちゃんの寝室で
ベッドの隣で布団を敷いて寝ていました。
そのことを覚えていたのです。
その瞬間に色々な感情が溢れ、おばあちゃんも一緒に号泣
「そうよ、さとちゃんとたいちゃんはここで寝てたねー
さとちゃんは起きている間ずっとしゃべってうるさかったねー」
とおばあちゃんが言うと
「ほんとーにうるさかった」
といつものように冗談を言ってくれました!
(いや、事実か笑)
その後、お父さんも来て
往診カバンから血圧計やらなんやら取り出し、バイタルチェックをすることに
私が血圧を測ることになり、久々だったけどちゃんと測れました![]()
するとおじいちゃんが
「さとちゃん、前病院でちゃんと測れなかったから、おじいちゃん恥かいたわー」
と医学部5年生のときのエピソードもすっかり覚えている様子![]()
(詳細は「ついにおじいちゃんに会えるのか!?をお読みください)
血圧がかなり低く、降圧剤はやめるようおばあちゃんに指示
でもおばあちゃんも91歳で、The 老老介護![]()
ベッドの隣にファンシーな椅子があり、何かと思ったら
介護ポータブルトイレで、驚きっ![]()
聞けば両親がプレゼントしたようです。
その後、ゆっくりみんなでダイニングに移動して
家族団欒のひとときを過ごせました![]()
娘さんもタイミングいいんだか、悪いんだか
聴診器のおもちゃで、遊んでおり
「もう長くないでしょうか?」のおじいちゃんの問いに
答えられるわけもなく、沈黙
なにやら深妙な面持ち
沈黙はやめろー![]()
おばあちゃんも
「女医さん、私も診ておくれ」と頼んだりして、しばらくお医者さんごっこが続きました![]()
その日は小豆島に泊まり、翌日も会いに行きましたが
前日ちょっと無理をしたせいか、寝たままで、ダイニングには来れませんでした。
とりあえず間に合って会うことができた、娘にも会ってもらうことができた一方で
今度また会えるかどうかは本当にわかりません。
でも私はあえて元気よく
「また来るからね!ちゃんとごはん食べてね!」
と言い、部屋を出てまた号泣したのでした。。。
読んでいただき、ありがとうございます![]()
Have a wonderful day〜![]()




