過去の自分に届ける、言葉の仕事

 

 「絵描きは言葉の仕事をしなくて良いのだろうか? いいわけない。」

そう最初に言ったのが誰だったか、今では思い出せない。

 

ここでの「仕事」とは、単なる職業を指す言葉ではない。

何かを作り出す、描く営みそのものを呼ぶ。

かつて「絵で表現できれば言葉はいらない」といった独りよがり。

言葉で表現することの拒絶は、社会性の欠如につながる。

この浮世離れを防ぐために、

絵という表現以外のアウトプットとして言語化につとめる。

 

 絵を描くことが、自らの思いの温度を筆に乗せることだとしたら、

言葉で伝えることは、自分の何を乗せればいいのだろう。

誰に差し出せばいいのだろう。欲しがる人はいるのだろうか。

誰かそれを知っているのだろうか。

 

SNSが普及する、ずっと前、その悩みを抱えた10代の美大生だった頃に私は、

現代を生きるアーティストの言葉や思いを綴った1冊と出会った。

紙や写真に刺繍をするアーティストの清川あさみと

書道家の武田双雲のコラボレーション作品集『COM-PO-JI コンポ字』だ。

 

コンプレックスを題材にした文字を武田氏が書で表し、

その書に、清川氏が刺繍をほどこす。

complex(劣等感)、positive(積極的、ポジ)、composite(いくつかの要素が合成、複合していること)

コンプレックスをポジティブに考えることで自分を好きになり、

ポジティブな感情に変化させる造語が「コンポ字」だ。

 

例えば、表紙の作品は「嫌」の書。

それは身をよじらせるかのようで、どこか言いよどむようにも見える。

対して刺繍は「好」。「嫌」という漢字から影のように伸びた先に、

小さな花の刺繍で「好」とほどこされている。

嫌いという思いの裏には好きが隠れており、人の心は移ろいやすく、

反転し得ることを表現したと本書で語っていた。

 

 アートが、熱量の高い「思い」で形作られるとしたら、

言葉は誰かに届ける前に「思い」の形を整えて乗せて届ける、

社会との橋を形作るものだ。

 

自分の中にある何かを新しく差し出すのではなく、

だれが触れてもいい温度と形にして、そっと送り出す。

 

届いて欲しい人に届くように、あの頃の自分に寄り添えるように。

過去への自分に便りを出すように、

私はこれからも言葉の仕事を続けていく。

 

『COM-PO-JI コンポ字』(清川あさみ×武田双雲、祥伝社、2010年)