「仮面」というのは、リズ・ブルボー<からだの声を聞きなさいスクール>の概念です。
私たちは魂の傷を持って生まれてきますが、その傷が自分または他人によって活性化されると、自分を痛みから守るために、私たちは傷に応じた仮面をつけます。
何のためにそうするかというと、エゴが巧みに傷などないと私たちに思い込ませ、傷を否定すれば痛みが和らぐと信じているからだそうです。
仮面をつけると、自分から離れてしまうので、本来の自分のことを見失ってしまっている状態になるんですけどね。
そうやって、知らず知らずのうちに仮面をつけたままの自分を、本当の自分と思って苦しんでいる人が、多いのではないかと思います。
私もその一人でしたから。
では、仮面をつけると、どうなるのでしょうか。
今日、相方さんから仕事が終わった時に電話がかかってきた時のことです。
私が家にいる時には、相方さんから仕事が終わったら電話をかけてもらっています。
それが、私が夕食を作り出す合図のようなものだからです。
今日、電話があって、まっすぐに家に帰らず、立ち寄るところがある(しかも、遅くなる)ことを告げられました。
ここで、私、仮面をつけました。カチーン。
「・・・・・。」 黙る。
「なんで?」 詰め寄る。
「じゃ、ご飯作らないから」 脅す。
それでも、家に帰らないと言われる。
電話を(叩き)切る。 遮断。
それでも、おさまらず、メッセージ。 捨て台詞。
特に世の中の既婚男性の皆さんで、奥様の機嫌が突然悪くなる時に、こういったことを体験している方は多いのではないのでしょうか。
既婚男性に限らず、パートナーが突然豹変するのを感じることって、ありませんか?
この時、相手は仮面をつけているんです。
何が起こっているのかというと、
お昼頃のメッセージでは、夕食に何が食べたいかのやり取りがあり、
それを作る準備ができていたのに、急に帰りが遅くなると言われ、
「裏切られた」ように感じました。
で、仮面をつけて、怒りをあらわにして、コントロール下に置こうとします。
(が、失敗します)
怒りが収まらなかったけれども、仮面をつけていることは意識できたので、
自分のために夕食を作りました。
意識的でない時には、多分ここで本当に夕食を作らなかっただろうと思います。
それでも、怒っていたからか、手元が狂って包丁で左手の親指の皮を切って血が出ました。頭の中では、相手に対して吠えていました。かわいそうな、私^-^
自分の思った通りにならないと、相手を攻撃する人、どこかで知っている。
ああ、トランプ氏だ。
私の中のトランプ氏にも気づき、ああ、世界の一部がここにあった、などと思うのです。
ここで、もう少し冷静になり、怒りの奥にあるものを見ていきます。
私と、その用事と比べたら、その用事の方が重要だと思われたんだと悲しくなり、
こんなにも、一緒に食事をすることを楽しみにしていたんだなぁと実感しました。
ここで、落ち着きます。
私のニーズは、一緒に楽しく食事をすることでした。
それが奪われたから、傷が痛んで、仮面をつけたのです。
でもね、相方さんは、相方さんのニーズをただ満たしているだけ、なんですよ。
何も、私を傷つけようとしたわけではない。
でも、私たちは、相手に傷つけられた、って思うのです。
それは、仮面をつけているからですよ。
この学びをしてすぐの頃は、「あー、また仮面をつけてしまった、バカ!バカ!」と
別の仮面をつけていました。
本当に愛するということは、仮面をつけて相手に悪態をついて、脅したりしている自分のことをそのまま受け入れること。
それができるようになると、本当に楽になります。
それにはまず、自分がどんな仮面をつけるのかを知るところから。
2月の「人を探求するWS」でお伝えします。
『自分が、どの傷で苦しんでいるのかを知らないで、どうして、その傷を癒すことができるでしょう』By リズ・ブルボー
自分の主な傷を知ることができますよ。
それは、もうびっくりする形で。
傷を見てやろう、という勇気にある方のご参加お待ちしています。
見ないことには、癒されませんから。
最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。