5年前の涙の訳と、やりたいことをやるということ | 本当の自分で楽に豊かに生きる道

本当の自分で楽に豊かに生きる道

Spica Creations パーソナルコーチ 深井沙織の幸せに生きるヒント

コーチングの視点から
日々の幸せ 気づき 学び 心にとめておきたいこと など書いています

東京は、梅雨空ですね。

久しぶりの投稿になります。
なんとなく、落ち着かない日々を過ごしていました。

あなたはどんな7月を過ごしていますか?

昨日は、久しぶりに母と長電話をしました。
政治のことから、今の近況まで、話が飛び飛びになりながら(母も私もそういうところがあるのですが)1時間くらい話をしました。

その話の中で、母が一番嬉しそうに話していたことは、「うちにピアノが戻ってきたよ」ということでした。

家の改築をする時に、家にあったピアノを妹の子供たちがお世話になった幼稚園に寄付をすると聞かされました。今から5年前のことです。

そのピアノは、
父と母に女の子が生まれて(それが私たち)、父は、ピアノが欲しくなり母と買いに行ったもの。当時はお金がない中で、たまたまできた少しの余裕でピアノを買ったそうです。
そのことにも敬意を払うけれど、当時黒いピアノよりも20万円も高かった木目調のピアノが気に入った父は、迷わずそれに決めた、という話に、おお!と感嘆を上げられずにはいられません。そうでした。私の父は、気に入ったものは妥協しないのです。今は、父のそういうところを尊敬しています。
母は、え〜!と思ったけどそれに従ったそう。(父は昔から言い出したらきかないので)

そうやって、私が4歳の時に家にきたピアノ。
残念ながら、私にはその才能と情熱がなく、習いには行きましたが、不真面目な生徒で、そのピアノをあまり弾くことはなく家を出ました。
唯一ピアノを弾いていた妹がお嫁に行ってからは、飾りのように客間にありました。
妹たちの子供たちも全員男の子で、興味を示さなかったピアノ。
そのピアノを改築を期に幼稚園に寄付すると聞いた時に、使ってもらえるならと私は単純に嬉しかったけれど、その話を父がしている隣で、母は泣いていました。
理由を聞いたけれど、その時には答えてくれず、母はただ涙を流していました。

5年が経ち、その幼稚園が閉園することになったそうです。それを聞いて、母はピアノをまた戻してもらうことにしたそう。
新しくなった家に運び込んでもらって、クリーニングをしてもらい、少し落ち着いたら調律もしようと思っていると嬉しそう。
「5年間、子供達と一緒に遊べたことを喜んでいると思う」と母はピアノのことを言っていました。
「でも、行っちゃう時には涙が出たわ」と。
もう一度、その時に聞けなかった理由を聞くと、今度はちゃんと答えてくれました。
「寄付が嫌だったわけではないけれど、なくなっちゃうのが淋しかったの」と5年経って、本当のことが聞けました。

ピアノは、父が気に入って買ったと聞いていたけれど、母にとっても大切なものだったのだと、初めて知りました。
「ピアノが戻ってきたから、今度帰ってきたらいっぱい弾いてね」と、何度も言う母。

「お母さんも弾いたらいいんじゃない?」と言ったら、「60の手習いとか言われているけど、60もだいぶ過ぎちゃったし」なんて言っていましたが、習うんじゃないかな。

本当は、母がずっと弾きたかったんだね。

5年前には気づいてあげられなかったけれど、ピアノが戻ってくれたからわかったことです。

母は、きっとこのピアノを買う時に、自分が弾きたかったのかもしれない。

子供である私は、とっても残念な感じだっただろうなぁ。よく、何も言わずにいてくれた。
母に感謝です。

やりたいことは、誰に託すのではなく、自分でやればいいですよね。

そうです、やりたいことは、自分でやるのです。

私は、一度「バカンスに行ってきます」って言いたかったのです。
今日、これから、そのセリフを言います。

「バカンスに行ってきますね。」

クアラルンプールに行ってきます。
会いたい人に会って楽しんできますね。

初めての一人旅。現地には待っていてくれる人がいるのですが、ドキドキです。

また、報告しますね。


最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。