
「東大生を育てた母親の子育て法」として
親が子どもに残せる最高の財産は『教育』であるを理念として
『子どもの持ち味を伸ばす』ための子育てのヒントを書いています。
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子どもをいじめから守るためには、
大きな選択をしなければならなかったんです!
昨日の続きから、お話しますね。
何故、息子を私立小学校へ入れなければならなかったのか?
私は、ピアノの教え子や塾の生徒から話される学校の様子は、
その当時の学校現場の実態を知るうえで、貴重な話でした。
息子が生まれてからは、尚更でした。
息子は1988年生まれで、その当時は
'88 名古屋アベック殺人事件
'89 女子高生コンクリート詰め殺人事件
'93 山形マット殺人事件
'94 大河内君いじめ自殺事件
大阪・愛知・岐阜連続リンチ殺人事件
少年少女の凄惨な事件が多く、私は事件関連の本を読み漁り、
事件の詳細、分析から、対策や息子の子育てについて考えました。
息子が幼稚園の頃、息子が通うであろう公立中学校は、
市内で1番荒れている中学校として、評判でした。
さらに、息子が通うであろう公立小学校は、
登校班(近所の子が集団で登校する)があり、
その登校班内でいじめがあったのです!
私の自宅は、大きな通りから奥に入ったところにあり、
その入り口に中古車販売業とアパート経営をしているお宅があるのです。
そのお宅はお子さんが3人いて、そのお宅の子たちが先導をして、
上級生が下級生をいじめていたのです。
その父親は子どもたちに暴力をふるっていて、教育には全く無関心、
母親は規範が少しズレていて、ちゃんとしつけができない人でした。
登校班内の子たちは
円形脱毛症になる子
ランドセルを田んぼに落とされる子
悪いことをするための見張り役にされた子等々
殴ったり蹴られたりもするので、
みんなはビクビク登校していたのです。
しかも、自宅から学校までは2㌔近くあり、
歩いて40~50分もかかります。
また息子が入学する時には、そのお宅の子どもたちが
3人とも登校班にいることになるのでした。
そんな状況の登校班の中、
息子を地元の小学校へ通わせるという
選択肢はありえなかったのです!
息子のためであれば、多少のお金がかかっても
車で送り迎えをすることになっても、関係ありません!
「送り迎えをして、過保護」
「私立なんて、お金持ちぶって」
「頭がいいからって、いい学校へ入れて」
なんて、陰口を言われても関係ありません!
子どもを守るのは、私たち親だけなのです!