一昨日、帰ってきた夫に突然にぎゅっと強く抱きしめられた...いつもの帰宅風景とはちょっと違うので戸惑っていると...

あれ?知らないの...と、パリ ノートルダムの火災の話を聞かされた。彼は私が凄くショックを受けているのだと思ったらしい

 

パリサンルイ島にて 左差し

 

私は世界で一番好きな場所をあげろと言われたら、迷わずサンルイ島と答えるだろうな...

サンルイ島の橋から見るノートルダムの後ろ姿が大好きだから...

 

夫に聞かされるまで火災の事は全く知らず、それから今日までニュースもネットでも心を砕いてその記事を目にしないように注意しているのであれ以来、フェースブックも開けていないし、パリの16区のマダムな友人達とのチャットも今は返事をしていない...

この数日で現代に生きていると聞きたくない情報を遮断するのが意外に難しい事を始めて知った

 

だから火災の状況もどれぐらいの被害があったのかも全く詳しく知らないのだけれども、私は何の心配もしていない

 

夫からまず火災の話を聞いた時も、あっ、ノートルダムらしいなあ....と思った。そして現在もその印象は全く変わっていない

私にとってのノートルダムは破壊と再生の象徴だからだ

 

ノートルダム寺院、サンルイ島、マレ地区を歩いていると未だに色濃くフランス革命の余韻を感じる

ノートルダムの表面の彫刻を注視してみると修復は進んでいるのだろうが以外にも壊れている部分が多くある。当然ながら古くて欠けてる訳ではない。革命時代はカトリックの信仰ですら否定されていたので、ノートルダムも随分と破壊されているのである....

教会の表面の高い場に飾られている歴代フランス王の像...あれも全部複製である。

革命当時は王の像は一台、一台が高い部分から落とされ破壊され歴代王の像の首の部分がノートルダムの周りに捨て置かれてあった。

当時、庶民はその首像を公衆トイレの代わりに使ったのである 

 

嘘だと思うならパリの中世美術館に行ってみればよい

そこにはノートルダムで破壊された歴代の王の首像が飾られてある。丁寧に目の部分をくりぬかれたもの、頭部の半分ないもの

現在再生された美しい王の像とは正反対の姿でそこにある....王の像だけでない 

ノートルダムに置かれていた祈る姿の彫像はすべて祈りの象徴である手首から先が壊されている

 

前回中世美術館に行ったときに伺ったのだが、この革命時代に壊された頭部が発見されたのは1977年だという。私が小学校入学する前の年だからそんなに古い時代の話ではない。新規開発をするために古い建物を壊していたら床下から丁寧に布で巻かれ隠された頭部が偶然に掘り起こされたのだそうだ....

旧体制を権力を粉々に砕いた革命派の破壊の残存を時代が変わった時の為に丁寧に保存した誰かがいた。歴史の中で反対勢力同士がぶつかって砕け散った、その象徴となった場所がノートルダムなのだ

 

これも前回にノートルダムで聞いた話だか、キリスト教以前から聖地とみなされこの土地には信仰があった場所だという。キリスト教が入り長くキリスト教が続くも革命時代には無神論の象徴的な場所とされキリスト教色を捨てfestival of reasonという祭典まで行われている。

この場所の宗教自体も歴史の流れと共に変遷しているのだ

 

5年前の9月

ノートルダムの日曜日の早朝の礼拝に参加した。朝早くコーヒーを飲もうと外に出たらいつも行くカフェすら空いていなくて...すると数人の人がノートルダムの中に入っていくのが見えたので一緒に礼拝に参加した

実はこの時期、私は落ち込んでいた

今までのやり方がことごとく上手くいかなくなり、やり方を全て変えなければダメという事は感覚的に理解できたのだが

実際にどう変化を起こしたら良いのかが全く分からず凄く落ち込んでいた時期だった

 

ノートルダムの内部で座っていた2時間

私にとっては「赦される」経験だった

この美しい建物は何度も破壊され再生し、その変化を全部飲み込んでそこにただある

この礼拝に参加して感じた事が正にこのイメージだった

粘土細工みたいに何度も作って何度も壊して生きればいい

自分がこうあるべきみたいな自分哲学もどんどん壊してそこから再生すれば良い

その柔軟さが強さだ」

その日の日記に記した言葉である

 

ノートルダムが大好きだ

だから私は現在 何の心配もしていないのである