★市内の子連れに七五三で大人気の英霊を祀った神社☆
場所・ 山形県山形市薬師町2−8−75
電話・ 023−631−5086 HPあり
創建・ 明治2年
竣工・ 昭和9年以降
構造・ 木造 明神系鳥居
祭神・ 40845柱の英霊
社務所・ あり 御朱印・挙式・祈祷・七五三OK
境内社・ 敷島神社
最終訪問・ 2021.09
山形市の郊外、川のほとりに大きな社域で堂々と建つ神社です![]()
創建は、明治2年に旧薩摩藩などの歴代殉職者英霊を祀るために創建されました![]()
明治8年には山形招魂社として、山形市八日町に社殿を造営し、戊辰戦争、西南の役の殉職者を祀りました![]()
明治21年、山形市宮町に移転しましたが、明治44年の大火により焼失![]()
大正2年、現在の薬師町に社殿を造営し、大正7年に日清戦争、日露戦争、日濁戦争、霧社事件の英霊を祀りました![]()
社務所 古いままの建物で残る
昭和8年、山形県招魂社とし、昭和9年に現在地に社殿を創建![]()
昭和10年、満州事変の英霊を合祀し、昭和14年、山形県護国神社と改称![]()
昭和21年、宗教法人・山形県護国神社となる![]()
明治維新より大東亜戦争(太平洋戦争)の戦没者、40850柱を合祀しています![]()
手水舎 お花がきれい

山形県の初詣客・ナンバー1の神社で13万人が訪れるそうです![]()
かなり広い神社なので、それくらいの収容力がやはりありそうでした![]()
やはり軍隊が並べそうなくらいの広さでした![]()
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当日は、9月の末の日曜でしたが、もうすでに七五三が始まっており、境内には着物を着た子供と親たちが続々と午前中から社務所の方へと集結していました![]()
(こういうのってお金がかなりかかるので、家にお金のない子はしてもらえない子もいるんだろうな、私はドレスを着たけれど)
拝殿 境内もかなり広い
何組もいるので同時に祈祷を上げるのか、密を避けるため、部屋を分かれて何人も宮司さんが同時進行でやっていくのかな![]()
ということで、あまりゆっくりと参拝はできませんでした![]()
が、こちらも群馬県高崎市や新潟市の護国神社のように、広い境内に堂々とした護国神社で圧倒されました![]()
昔の神社や町中の神社と違い、護国神社って規模が大きいですよね![]()
第一鳥居方面 Pも広い
できたのが明治以降というのと、やはり軍隊が集まりやすいような大きな敷地にしたのかなあ(Pも広いしね)![]()
英霊を祀るあたり、やはりここも戦跡ですよね![]()
広い境内の片隅には、敷島神社の境内社がそっと鎮座されていました![]()
境内からは、山形市の山々と川が横にあるので、景色がすっきりとぬけが良いです![]()
手水舎には、コロナ禍ならではのきれいなお花の装飾がされていました![]()
ここでも英霊に手を合わせ、現代の日本人も感染症から守って頂くようにお願いしました![]()
敷島神社

こちらもご朱印ブログの方の記事で知ったので、ご朱印があると思います![]()
各県の護国神社巡り、山形市の神社めぐり、戦跡巡りの方にもいかがでしょうか![]()
護国神社・神社巡り・近代日本の歴史好きの方にもオススメです♪
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★各地の護国神社(靖国神社は昔過ぎて記事ナシ)











