このテーマ、
きっとそれぞれの家庭でいろんなやり方が
あると思います。
皆さんのおうちでは、
お手伝いにお駄賃あげる派?
あげない派?
きっと、どれが正解ってないテーマかなと。
お皿拭いたら100円とか、
毎日お布団畳んだらお小遣いあげるとか、
洗濯畳んだら100円とか、
お使い行ってくれたらお駄賃あげるとか。
きっと、いろんなパターンがありますよね。
子供の方も、
なかなか頼んでもやってくれないけど、
お小遣いあげるからと言われると、
がぜん張り切ってお手伝いしてくれたりするものですよね。
ちなみに、うちは日常のお手伝いには
あげない派なんですけど、
時々、子供にものすごい負担になる
お手伝いをお願いするときは、
アルバイト代として、
あげるときもあります。
と、いうのは、
休日1日家を空けなきゃならなくて、
末っ子の遊び相手と、
お昼ご飯と晩御飯の支度、
犬の散歩と、
全部お願いする時。
上の子たちは、高校、中学、6年生と、
それぞれもう何でもできちゃうので、
その日家にいる子に、
白羽の矢が立ちます。
もうね、助かるのなんのって。
1日家族のためにちゃんと働いてくれたら
時給○○円ね。
みたいな時も。
でも、弟とちゃんと遊んであげなかったのが
後でばれると、減給とかね
でも、普段のお手伝いは、
家族の一員としての
役割分担だったりするので、
そこにはお駄賃はあげません。
「~お願いね」
「ありがとう、助かった~
という言葉だけ。
子供に頼むお手伝いは、
お風呂掃除、
犬の散歩と餌やり、
洗濯たたみ。
朝の神棚と仏壇のお世話、
ごちそうさまして、
食器を下げるのは各自。
食器洗いは、スッゴい疲れているときに
たまに頼みます。
子供たちには、
見返りがあるから働くのではなく、
家族の役に立っているから嬉しい、
自分がありがとうと言ってもらえる存在なんだと、
自分を大切に思って欲しい、
そんな思いもあります。

同居している介護の必要な
おばあちゃんを見ていて思うのは、
自分が家族の役に立ってるってことが、
自分がここにいていいんだと
思えるのだということ。
介護状態で家にいると、
自分は重荷でしかないとか、
世話になってばっかりで、
自分なんて生きてる価値がないと
自己卑下に陥ります。
それを救ってくれたのが子供たち。
おばあちゃんには、
積極的に孫の相手をしてもらいます。
何かあれば、
「おばあちゃんにやってもらって」と、
わざとおばあちゃんに振ります。
そのお陰で、
おばあちゃんはすごく元気になりました。
でも、おばあちゃんを置いて、
家族でお出掛けする日が続いたりすると、
一日中背中を丸めて座りっぱなしで、
背骨が折れてしまいます。
(病気のせいで、骨がもろくなっているのです。)
いいのか悪いのか、
非常に分かりやすい体ですf(^^;
でもそのお陰で、
気づかされることも多いのです。
自分が役に立ってるって思えるのって、
すごく大事なんだと思います。
小さな子でも、
お年寄りでも、
もちろん、自分自身だって。
自分の存在意義を認められるってことは、
誰にとっても必要なこと。
だからこそ、
子供たちには見返りなしで
お手伝いしてもらうし、
「ありがとう、助かった。」
って伝えるんです。
もちろん、お駄賃ありでも構わないけど、
それでもやっぱり、
「やってくれてありがとう。
あなたがいてくれるお陰で助かるよ。」
っていうのは、伝えて欲しいと思います。
大事なのは、あなたがいてくれて良かった。
って、そういう思いを伝えることです。