⛩【菊と稲荷】御影に愛を込めて。 | 神仏広告代理店

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【菊と稲荷】

【菊と稲荷】の始まりの物語はコチラです→『プロローグ。』

 

 

<あらすじ>

 

『怖いと思われている稲荷の誤解を解いてほしい』

 

その言葉と共に、六甲山の高取神社で

 

「神様」という存在に、前よりも強く接続してもらった私。

 

 

前からついていたという高野山の清高稲荷大明神さまの

 

子狐眷属の姿も確認できるようになり、

 

奇妙な共同生活(?)が始まっていた。

 

 

そしてその子狐眷属の故郷、

 

高野山の清高稲荷大明神にお参りに行った際に

 

「お祭りをしてほしい」と無茶ぶりをされた私だが……

 

 

 

***

 

 

 

菊「………………」

 

 

子狐1「……………」

 

子狐2「……………」

 

 

 

 

 

菊「………………めっちゃ……大変やな、この御影💧」

 

 

 

 

私は渡されたイメージから、次に登場される予定の神様を描いていた。

 

 

 

四苦八苦しながら……

 

 

 

 

どうしても「鎧姿」でってことでして💧

 

 

 

ネットで検索して資料探しつつ、カキカキ。

 

鎧ってよく分からないんだけど……そこは大目に見て頂けるのかな💧

 

 

 

なんか最初は美しい童子姿でもいいんじゃないのー♪ とか思っていたのに。

……鎧って。💧

 

 

 

でもそういうリクエストが渡されたのでそうなのでしょう。

 

ひたすらその御影を表そうと、描くのみです。

 

 

 

あ。今日は【菊と稲荷】制作サイドからのお話。

 

 

 

***

 

 

 

菊「……御影ってさー」

 

子狐1「うん」

 

 

 

菊「私はその神様からOK出て、初めてイメージが渡されるって思っててね」

 

 

 

 

そうなのだ。

 

 

 

以前から神様の絵は描きたいと思っていた。

 

 

小学6年生で初めて「古事記」を読んだ時は、神様のイラストを描いていた。

 

 

 

 

でも、大人になって描こうとした時、ほぼ描くことができなかった。

 

描けたのは丹生都比売神社の狩場明神くらい……。

 

 

image

 

 

それが【菊と稲荷】を始めることを決めた時に、突然描くことができ出した。

 

 

めーーーっちゃ嬉しかった。。✨

 

 

image

 

 

私は常々「神様は自然のエネルギー」と言っている。

 

だから本当は人のカタチに表すのは違うのかもしれない。

 

 

 

でも、私には「そう届く」「そう渡される」から描いている。

 

 

 

ちなみに月読命とか、全く浮かばない。

縁が今のところないから。

 

描いたら人気出そう!だから描こう♪……とかでは描くことができません。

 

 

 

 

やっぱりどこか繋がってないと、イメージは現れないんだなーって実感してる。

 

 

 

今描いている神様は、まだ参拝したことがないんだけど、

 

仲のいいお寺を経由しての縁っぽい。

 

 

 

 

 

っていうのと、私が学ぶべきことを

 

たくさん教えようとして下さる気がしていて。

 

 

 

 

子狐1「でもさ、稲荷は人に化けるから、人型に見えるのも普通じゃない?」

 

子狐2「それにえびす大神は喜んでるみたいだしね♪」

 

 

 

菊「あー えびす大神さまね!」

 

 

確かに突然描こうと思って、渡されたイメージで完成して、

 

自分でも「エ? こちらで?♡」みたいな感はあったけど。(笑)

 

 

 

 

で、描いてから「例祭」直前だったことが分かって、ご登場頂いて、

 

その流れで連続2000pv超えまで引っ張ってくださった。

 

 

 

 

菊「うんー。御影ができてなかったら、例祭取材してもバタバタしただろうしね。

 

完成していたからスムーズに【菊と稲荷】にも登場して頂けた」

 

 

子狐1「だいたいあの基本的なえびす大神さまの像だって、

 

誰かがなんかの機会に描いたのが始まりなんでしょ? ……同じだよね」

 

 

<西宮神社公式サイト・えびす信仰資料より>

 

 

菊「ほんまやな(笑)」

 

 

 

子狐2「結局、自由なんじゃないの? 作者の愛がカタチになってると思うけどね」

 

子狐1「いつか僕らも人型で現れる日もくるのかなー♪」

 

 

 

 

 

確かに。神様は自然のエネルギーだからこそ「自由」そのもの。

 

 

そして信仰する誰かが表す「姿」や「言葉」は、その愛のカタチでもあると思う。

 

 

 

 

 

菊「愛のカタチね……確かに愛がないと、鎧描こうと思わんわな」

 

 

 

 

 

My神様の清高稲荷大明神に誤解されないように付け加えておくと、

 

この神様に愛を捧げた方への「愛」やリスペクトが、鎧姿を描かせているという感じ。

 

 

 

 

菊「さー、寝るまでにとりあえず描き上げるぞー!」

 

 

 

 

なんか頭痛してきたけど(笑)がんばってる。

 

だって明日初めてその神様のところに参る予定だから。

 

 

 

 

菊「神様に、そうそう!こんな感じ!って満足して頂けますようにー」

 

 

 

と、こんな風に【菊と稲荷】の世界はカタチになっていくのです♪

 

 

 

 

 

《続く》
 
 
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