お正月から「八日目の蝉」を見た![]()
話は地味なんだけど
赤ちゃんで誘拐された女の子が、誘拐した犯人
永作博美を母親と思って育って、
途中見つかって実母に返されるんだけど
母親が絆を埋めきれなくて女の子が
満たされない大人になってるって設定のお話。
その子は実母になじめなくて
愛されていない思いでいっぱいで
満たされない思いでいっぱい。
自分はなんかかけてる・・・っていう気持ちなんだろうけど
お話の中で
永作博美と過ごした愛情一杯の日々を思い出し
自分を取り戻す
。
小さな輪郭、小さな手。
小さな体。
親は愛おしく思うものだけど、
子どもだって負けずに、不完全であろうがなんだろうが
親を一生懸命に愛している。
そうでないと否定しても、深いところで
愛して、焦がれる
。
もう、本当にそんな子どもからの愛いっぱいの思いを思うと
胸がきゅんとなる。その透明な思いは本当にせつないほどだ。
いろんなことがあったり
いろんな問題があったり
それがうまく表現できなかったり
満たされなかったりすることが
いろんな概念を生み出している。
親も親なりにそのとき一生懸命に育てているはずで
自分の人生との葛藤をしながらかもしれないし
こうするのが一番よいという選択でその子のためにしたことかも
その心はきっと完全にはわからないと思うけど
それでよかった。
それしかなかったんだ。
愛してもよい。
愛されてもよい。
うまくいかないことがあるとすれば
深いところではもしかしたら受け取るのを許可してないかも。
許可をだそう![]()
受け取っていいんだ!