せつない話だったなあ。
第一話扉絵で「働きたい、食べたい、笑いたい。あなたと生きたい。それだけなのに、“それ”ができない」とあった。
障害であるとか、夜職の世界とか、家庭環境だとか。
エキセントリックだったり衝撃的だったりな描写は多かったし、それがこの漫画の大きな魅力(訴求力の強さ)だったのは確かだけど、第一話扉絵のあの一文こそがこの物語の本質だと感じた。
出会って、親しくなって、仲良くなって、喧嘩したり、仲直りしたり、すごいなって思ったり、ムカついたり、カワイイなって思ったり、なんだコイツってバカにしたり、反省したり、また下にみたり、距離を縮めすぎてうまくいかなかったり、離れてまたくだらないおしゃべりがしたくなったり……
知能がどうとか生育歴がどうとか、そりゃ色々あるけれども、けど、友情ってこうだよね、って思う。
全面的に全肯定。
仲良しいつでもサイコー!
て、そんなワケある?
テストの点数こっちが上だわ〜とか、あの子の彼氏の趣味悪すぎでしょ、とか、遅刻多くてムカつく、とか、お金持ちでいいな〜、スタイルよくていいな〜、とか、比べては優越感抱いたり落ち込んだり、友だちでもドロドロもやもやする感情ってあるものじゃない?
(え。わたしが性格悪すぎるだけ?)
わたしは山田さんがみいちゃんをばかにしながら、同時に、好きで、大切に思うことを、矛盾しているとは思わない。
多かれ少なかれ、それってふつうのことだと思う。
みいちゃんだって山田さんのこと、怒りっぽくてエラソーでムカつくって思ったりもしつつ、でも、好きだったわけで。
お互いに、嫌なところはあるな、でも好きだな、って思ってた。
こんなことがあったんだ〜
そう、伝えたい相手だった。
友だち、だった。
大事な人だった。
誰しも凸凹をもっていて、みいちゃんは人より凹部分が大きめだけど、凸部分ももちろんある。
(困難に直面して激昂するまでは)明るいし、わりと分け隔てなく優しいし、包容力がある。
みいちゃんのそういうところに、山田さんだけでなく、シゲオやマオくんやツバサなど…惹かれたり救われたりしたのだと思う。
と同時に、ムウちゃん(自覚なし)やパン屋の店長などなど、大多数にとってみいちゃんは困ったちゃんだった。凹部分は大きかった。
みいちゃんの両親はアレなのでどうしようもなかったし、祖母も地域的時代背景的に(恥は隠すのがセオリー)だったし、野放しで、矯正も養護も適切な教育もされなかったみいちゃんだってどうしようもなかった。
どうしようもなかったといったって、ムウちゃんママにしてみたら許しがたいだろうしね。
グロテスクなところ、暴力的だったり、残酷なところ。
気質と器質、能力、容姿、知能、環境。
どうにもならないことと、変えられることがあるなら、どうにもならなかったことが、変えられたらよかったのに。
そうはならなかったところからはじまった物語だった。
それでも、出会えてよかった。
最終回はそういうことだったと思う。
失敗じゃなかったよ。
マガポケのコメントでラストがギャグっぽいとか打ち切りっぽいという意見があったけど、骨が見えるほど痩せたりでっぷり太ったりを繰り返しての……だったので、あり得るシビアなラストだと思った。
