大河ドラマで泣くことってある?
『青天を衝け』
本気の名作だと思う。
主演吉沢亮って。
あんなキラキラしい俳優に実業界のおじさんを演じることができるのか?イケメン無罪みたいな軽薄な内容になっちゃわないか?
そんな心配は無用だった。
明るく楽しく、しかし、軽くは無い。
情熱的で貪欲で真剣な人間を、実におかしろく演じてくれた。
近代の日本創成期、それぞれの精一杯の全力で、命懸けで、日本のために戦い、働いてくれたことに胸が熱くなる。
幕府を支えようとした人、幕府を倒そうとした人、剛腕で独裁的に推し進めようとした人、人の力をたのんで作り上げようとした人、いろんな考え、いろんなやり方があったけれど、みんな、良くしたいと真剣だった。
なにが正しい道なのかわからないから、誰もが自分の信じる正しい道を全力で駆け抜けた。
そうして残った道の先に立ち、栄一はアメリカで演説する。
用意していた草稿をおき、古くからの友を思い起こす。
道半ばで倒れていった、誇り高き者ども。
道は違えど、日本を思って生きた友。
なぜ彼らは死なねばならなかったのか?
死ななくてもよかった。
志は同じだった。
もっと相手をよく知ることができたら、憎しみあわなくてもよかったかもしれない。手を取りあえたかもしれない。
「己の欲せざるところ、人に施すなかれ」
お互いがお互いを思い遣れば、我々は仲良くできるのではないか?
憎まないでほしい。
わたしたちは敵ではない。
ノーウォー!
ノー ウォー!!
主役をアゲるだけの昨今の大河ドラマと大きく違うのは、主役と意を異にする立場の人間への敬意を払った描写であり、主役の人間の負の部分も描いてくれたこと。
歴史的偉人でもうすぐ紙幣の顔になる渋沢栄一を、褒め称えるだけのドラマにしなかったのが良い。
道を間違えることもあり、失敗もし、身近な大切な人を悲しませたり苦しめたりもする、そんな‘善’だけではない人間らしさを描いてくれた。
愛妻がいても妾を囲い、時流に沿って戦争の扇動もした。
ほったらかしにした長男を廃嫡もした。
栄一の幼馴染の喜作が
栄一は偉大だからこそ(栄一のようになれない)周りの人間を(コンプレックスで)苦しめるにくたらしいヤツだ、
というようなことを笑顔で言った。
うまくいかないことがあっても、向いていないこともある、と言ってくれた。
ドロップアウトしたって人生終わりじゃない、失敗しても、後ろ指さされても、なにもかもダメってわけじゃない。
故郷の血洗島で、祭りの思い出で少年に戻った喜作と栄一。
死ねなくてよかった。
死に場所を見つけられなくてよかったよ。
慶喜も振り返って語った。
いつ死ぬべきだったのか。
どう死ねば、徳川最後の将軍として正しかったのか。
家康の寿命を超えて徳川歴代将軍で最長寿を生きた慶喜。
臆病者、卑怯者と謗られて生きた後半生。
でも、生きてよかった。
楽しかった。
快なり!快なり!快なり!
……泣きすぎて目が熱くなった。
