定年後の男のお話。
長すぎる老後をどう生きるのか、高齢化社会のニッポンでは大きなテーマ。
興味深い。
……と。
他人事のように言っているけれど、わたしにとってもそんなに遠い未来の話じゃない。
6歳年上の夫のサラリーマン人生はあと12年か15年か。
先日も、定年後は今住んでるマンションの家賃は払っていけない、って話をした。
その時点で子育てが終わっているかどうかもわからない。
下の子はまだ8歳なのだ。
「生前葬だ」「終わった人間だ」「第二の人生だ」
なんて悠長に言っていられるかどうか。

主人公は東大法学部を卒業し、メガバンクのエリートコースを歩んできた。
出世競争の頂点手前で脱落し子会社の役員に落ちたことに忸怩たる思いを抱いている。
こんなはずじゃなかった。
もっとやれた。
心の飢えはジム通いでもカルチャーセンターでも満たされない。
何をするにもそのへんのジジババとは違うんだ、と考える。
見栄だと自省し、自分もジジだと自嘲し、それでも積まれた高いプライドは、堂々巡りの中心にそびえ立つ。
主人公の亡き父親は学者だった。
大学の教授だった亡父を、主人公は不幸だったろう孤独だったろうと述懐する。
象牙の塔の高い場所に登れなかったからだ。
なんという高い意識。
凡人のわたしなどは、教授というだけで「ヘェ〜」と感心する。
賢いんだろうし、志があるんだろうと思う。
子会社でも役員になれたなんて「ヘェ〜」と思う。
退職まで毎年ずっと年俸1300万保証されるなんて、恵まれていると思う。
銀行マンから一般の会社に行くのが屈辱らしいことは「半沢直樹」で知ったけれども。
主人公の焦燥が、雲の上の出来事のように感じる。
40代から美容学校に通い美容師になって働いて、還暦の歳で、その稼ぎと銀行からの融資と夫の退職金の一部で高級住宅街に自分のお店を持つことができた主人公の妻の態度も、「これがセレブ奥様か……」と呆然とする。
著者の住む世界は、こうした高学歴高収入上流階級の人たちがひしめき合っているのだろう。
9000万円の負債を背負っても赤字にならない家計。
一文無しになったとしても年に500万円の年金が受け取れる。
そういう経済状況を野垂れ死に……と思う感性。
1人3000円予算の居酒屋で出る刺身を旨そうに食べる若者を見て目頭が熱くなる感性。
ファンタジー小説の勇者より、感覚が違う。
生きるついでの「恋」と言いながら若い女に鼻の下をのばしたり、どうでもいいと言いながらずっと執着しているのは不気味。
夫や父親に「恋してみたら」と言う感覚もわからない。
わたしなら、冗談でもそんなことは言いたくない。
言われたくもない。
毀誉褒貶紆余曲折のある物語は面白かった。
面白かったけど、まったくリアリティーを感じなかった。
それは作品のせいではなく、わたしの問題なのだと思う。
悩みも生き甲斐も生活レベルもなにもかもが上の方過ぎて、見上げる首が痛くなってしまうのだ。
そこで何が繰り広げられているかより「首いてぇ」が先に立つ。
フィクションに嫉妬しても仕方ないのにね。
専業主婦は毎日がソフトランディングって言える主人公の娘ほど達観できない。
舘ひろし主演で実写映画化されているらしい。
妻は黒木瞳。
うわー、めちゃくちゃ配役合ってる。
見てないのに映像浮かぶ。
