去年はテディベアのお題でルドルフシュミット氏に登場を願いました。
去年の記事→(テディベアといえばルドルフ・シュミット氏ですね)
今年はくますけです。
新井素子初期作品です。
くますけは主人公成美ちゃんのともだち。
いつも一緒。
学校にも一緒に行く。
(成美ちゃんは四年生なのに!)
そんなちょっと変わってる成美ちゃん、ちょっと幼稚に思える成美ちゃん。
学校で浮いてる。イジメられてたりも…する。
だけどくますけが一緒だからさみしくない。
楽しいこともかなしいこともくますけとと一緒に。
成美ちゃんのお母さんは「ふつうに」できない成美ちゃんに心を悩ませている。
頑張ってるのに、なんでうまくいかないんだろう?
なんで「ちゃんと」してくれないんだろう?
子育ての相談を夫にぶつけても生返事。
なんで「ちゃんと」きいてくれないの?
こんなに一生懸命なのに。
成美ちゃんのお父さんはお仕事を頑張っている。
家族のために身を粉にして働いているのに、子どもは古ぼけた熊のぬいぐるみを手放さないし、奥さんはいつもイライラして文句を言ってくる。
夫として父親として、仕事を精一杯やる以上のことがあるか?
女たちは男の苦労を知らず、わがままで、ウンザリする。
くますけはなっちゃんの味方。
ケンカばかりの両親、意地悪なクラスメイト、嫌だよね?
大好きななっちゃんがツライのはかわいそう。
ぬいぐるみの不思議な力が、成美に新たな生活を与えてくれる。
成美を愛してくれる大人(裕子さん)が言う。
「子どもは、親を、嫌っていい」
うまく言葉にできない苦しい気持ち(両親のことが好きじゃない。両親の死をあまり悲しめない)を受け止めてくれる大人の存在に救われて、かたときも手離せなかったくますけから距離を置けるようになる。
でも、くますけはいつまでもなっちゃんの味方。
「ずっと守ってあげる。たとえどんなことがあっても」
昔、高校生の頃、初めて読んだときは子どもの立場で
「親を嫌いって思ってもいいんだ」
「嫌っちゃいけないって思わなくてもいいんだ」
「そういう考え方もあるんだ」
と、心が軽くなった。
今は親の立場だから成美の両親の気持ちもわかる。
子どもは親を愛すべきだ。
という呪縛は解かれても、
親は子どもを愛さなければならない。
という呪縛が消えることはない。
不仲の両親、冷えた家庭環境、そこから物理的に逃げられない子どもは物言わぬぬいぐるみと会話する。
そこに安寧をみる。
いつでも逃げ場は必要なのだ。
しかし永遠に消えない呪縛にがんじがらめになった両親にくますけのような存在はなく、かといって捨てるほど悪人にもなりきれず、解放されるには死しかなかったのかもしれない。
愛情は憎しみに近く、子どもを愛するつもりで憎んでしまう成美の両親は毒親だ。
だけど。
子どもは親を嫌ってもいい。
だけど親は子どもを愛さなければならない。
親になってみると、成美ちゃんの両親にちょっぴり同情してしまう。
だって誰も
子どもを愛さなくっていい。
とは言ってくれないのだから。
と同時に、ああはならないでおこう、と思う。
くますけのようなぬいぐるみじゃなくても、子どもにも大人にも、そういう存在ー癒されるー逃げ場所ーがあったらいいと思う。
あ。
念のため。
わたしは親も子どもも嫌いじゃないです。
「ちゃんと」好きです。
でも一瞬たりとももキライとかムカつくって思わないほど聖人じゃないだけ。
▼本日限定!ブログスタンプ




