子どもは、遥かな頂きにある吊り橋を渡っている。
泣き叫んでいる。
私の隣には、子どもの母親がいて、祈っている。
私は、この出来事が理解できずに怖れている。
何事だろう?なぜ、恐怖に駆られて泣き叫んでいる子を
どうして拷問のような責め苦にあわせるのだろう?
これは訓練でも、教育でもない、処刑に近い。
こどもは這いずりながら、橋の中ほどまで来たとき、落ちた。
母親の目の前で、子どもは星のように落ちてゆく。
目が覚めても、しばらくは誰かの絶叫が頭の中にこだましていた。
どうして、このような悪夢を見たのだろう。自分が落ちるのならわかる
しかし、顔も知らない「子ども」が落下した、それを見なければならない自分がいる。
気を取り直し、洗濯物を干していると、着信があった。
もう3年前の私の投稿に、見ず知らずの人からの返信だった。
その人はきちんと私の名前を付けて言葉を添えてくれた。
「土井さん、頑張ってくれ、おれも同じだ」
それは、高齢者施設での夜勤を終えて帰宅し
遠い空を見ていた時の気持ちをコメントしたものだった。