関わることで存在する | 息しやすいは生きやすい/呼吸ケアインストラクター®︎SUZUのブログ

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目に見えるもの努力で生きてきた私が呼吸と不食に出会って人生が180°変わった。望めば誰でも宇宙エネルギー「プラーナ=呼吸食」で生きられる。仕事のことから日記的な記録的な備忘録的なこと、、まとまりのないその時々の思いをそのままに。


​息しやすいは

生きやすい

呼吸ケアインストラクター®︎
"suzu"のブログ

呼吸で心身が好転した








こんにちは!


マスター呼吸ケアインストラクター®︎のsuzuです。お立ち寄りありがとうございます。





先日再び再燃していた量子力学



下書きのままだったものを投稿して




今日はそこからの気づき


どうぞお付き合いください









承認欲求と量子力学

量子の特徴

  量子は観測(見ている)されない限り存在しない性質をもっている





量子力学の世界的には

この世はすべて粒々でできた幻のようなもので

自分がその世界にどう働きかけるかで変わるもの



逆に考えれば、量子でできている私たちも

ある意味

誰かに認識してもらわないかぎりこの世に存在しない、ということに



とすると、、、





もしかしたら私たちの承認欲求は


細胞の量子レベルで備わっているものなのかもしれない

そんな風に考えると

なんだか色々なことが腑に落ちてきました。








関わることで存在できる

「愛し愛されたい」

「認められたい」

「褒められたい」

人間が健全に生きるために必要不可欠な

コミニケーションによって満たされる欲求



約10年学んできた心理学

そのベースは「人とどう関わることが良いか」が分かる学問。 




それは、私たちが健全に生きるためのまず一番は

安心安全を感じるコミニュティに所属していることと

そして色々な摩擦があっても

他者と関係しコミニケーションによって自分を認識し成長し生きていける、ということ。



そこには

「人は一人では生きてはいけない」という概念があって


それさ突き詰めれば量子の集まりである私たちは

波動(氣=量子レベルでの振動のこと)を出し

コミニケーションによって拾われることで初めて

この世での自分の存在を確実なもにしていっているのではないか





「悩みのほとんどは人間関係」と言われるものの


その悩みの原因となる「他者との関わり」をすべて取り除いてしまうと、生きていないけない


このなんとも矛盾したことの答えが

量子力学によってひとつクリアになった気がしました







人の二度目の死

人は二度死ぬ、と聞いたことがあります。


一度目は「肉体の死」、二度目は「人々の記憶から忘れ去られた時の死」だと。


それに重なるのは

法事のときに住職が仰っていた言葉

「こうやって親戚が集まり、法要をし故人を想い出すことが供養になります」





肉体は荼毘に伏され、魂だけになったとき

誰かに思い出してもらうことで心の中で生きている

永遠に生きていく




それは本当にまんざらでもないのかもと

父が旅立って3回目のお盆に

そんなことを感じています






呼吸ケアインストラクター®︎養成スクール




詳細はホームページより





note




※プラーナヤーマからの気づきは、こちらのマガジン(一部有料)に