公私共に慌ただしく、気づけばもう3月も下旬。
昨日は訪問に伺ったお宅で
利用者さんを車椅子に乗せ、ご家族と3人でお散歩してきました。
日差しが暖かく、気持ちが良かったです

今日はもうすぐ退院の利用者さんのお宅へ。
住環境を確認しながら
ご本人のお身体の状態に合わせたベッドや車椅子などの選定のため
福祉用具の事業所さんと同行でした。
車椅子やベッドも年々、機能性がどんどん改善されてきています。
長時間座っていても疲れない、だったり
リクライニングした時にズレ落ちがない、とか。
実際使用される方が、快適に過ごせるための改良改善。
でもふと思ったんですよ。
機能性が高まることは、利用者さんにとってはとても良い事であり
介護者にとっても負担軽減にもなるのだけれど
故に関わる事も減り、下手したら放置されるんだろな…と。
体温計も耳の中👂で測定できるものや
額(おでこ)に当てるだけで数秒で測定できるものも。
わざわざ首元を緩めたり、服をたくし上げて
脇に挟む必要がありません。
“手を当てる” “身体に触れる”
ということもありません。
なのでそこに体温として表示された数字が『体温』とされるのですが、
デジタルのものって、まだまだ誤差がかなりあります。
電池の消耗具合でも左右されたり
額の場合は外気温にも左右されます。
これでも一応看護師だったり
2人の子供を育てた経験だったりで
身体に触れるだけで、おおよその体温が分かります。
体温計を挟み込むのは、その私の予測の確認のため。
以前、乳児院をお手伝いに行っていた時
お昼寝時間中の体温測定は
額で測定するものだったのですが
身体に触れないため、やはり見落としが多かった…。
“身体に触れる”って
とても大切なことだと思うんですよ。
体温だったり
体重だったり
皮膚の状態だったり…
機能性が高まり、便利になるとは良い事だけれど
人はその機能性や便利性を優先されて
どんどん五感を使わなくなる…
お話しロボット
見守りロボット
長時間座っていられる車椅子
ズレ落ち防止機能
吸収力バツグンの紙おむつ…
便利や機能性と引き換えに
人は大切なものを失っていく気がする。

