ピュアプレゼンテーション 林じゅん です。

 

 

 

ブログのデザイン、ほんの少しリメイクしました♡

ボタンがピンクになりました。

 

 

今は、思いついたらすぐやりたい!気分なので
自分でチクチク変更してますが、

 

構想がまとまったら、素敵な方に
フルカスタマイズお願いできたらいいなー♪

 

とデザインも素敵な方との出会いも、宇宙にオーダーしています。

 

 

 

あとは、Paris行きをオーダー中♡

 

 

 

 

 

さて、今日のお昼はどうしても肉(ステーキ)が食べたくて、

張り切って家を出ました。

 

 

 

そしたら、お目当のお店のドアには

「木曜定休」の看板が・・・ああ無情。笑

 

 

 

でも、今、どうしても肉が食べたい!

けど、移動に時間をかけたくないな。

自分で作る気分でもない。

 

 

 

 

 

じゃあ、とググると

徒歩5分ほどのところに

ハンバーグが美味しいと口コミのビストロを見つけました。

 

 

 

ステーキがよかったんだけど、、、仕方ない。

 

 

 

 

口コミ通り、ハンバーグめっちゃ美味しかった!

ナイフとフォークの間から肉汁がしたたるの♡

 

 

 

 

が・・・お店の方が・・・

 

 

 

 

ニコッと笑ってくれたのは、お会計の時だけでした。苦笑

 

 

笑って〜汗

 

それが私には残念で、残念で。

 

美味しかったけど、もう来ないだろうなって湧いてきました。

ごめんなさい。でも本当にそう湧いてきたの。

 

 

 

 

 

 

 

それで気がつきました。

 

 

 

私にとっての外ごはんの魅力は

雰囲気とか、ゆったり過ごす時間とか、あたたかな関わりとか、

そこが大事だったんだって。

 

食べることより、もっと別の望みがあったんです。

 

 

 

お料理や内装や働く人の表情から、

本当にお店を愛してるんだなーって感じたり、

 

素敵なお料理ありがとう、

来てくれてありがとう、って

 

ほんのちょっぴり心が通う感覚や
そこで感じる嬉しさ、あたたかさのようなものが、

 

私が本当に欲しい『外ごはんの満たされ感』なんだなって。

 

 

 

 

 

漠然としてるけど、

心配りとか温もりって、昔からとっても癒しを感じます。

 

 

そこに愛がある、という安心感や満たされ感を
自然と感じ取っていたんだろうな。

 

 

 

 

今まで、そういう心地よいモヤモヤを

「うーん、気持ちよかった」で終わらせてたけど、

 

言語化すると、

何が本当に「好き」なのか、自覚できるものなんですね。

 

 

 

自分の好きを自覚するから、

自分の願いを理解するから、叶えられるハート んだな。

 

 

 

 

 

そうはいうものの、実は私、

好きがわからない、って長らく悩んでいた一人です。

 

 

でも、それって幻でした。笑

 

 

好きとは、具体的な行動(裁縫、文章を書く等)のことである。

 

 

という設定だったから、
そうでないものは、好きなのに好きだと認めなかっただけ。

それを「感じない」と表現していただけでした。笑

 

 

 

 

 

昨日の「興味津々」という反応とか、

(その反応が何に対して出るかは、一定ではありません)

 

愛を感じる瞬間のような、

感覚的な「好き」も、好きでいい♡

 

 

→愛しのバーキン♡ 本当のお金持ちはバーキンを買わないらしい。を疑ってみました。

 

 

 

そんなことを考えながら家路を辿りつつ

ふと思ったんです。

 

 

 

そういえば、1年前の私だったら

この状況で、この考えは、湧いて来なかっただろうなって。

 

 

 

 

きっとね、一日中、

 

 

何よ、あの人。

お支払いの時だけヘラヘラしちゃって。

いくら美味しくてもサイテーよ!2度と来るか!プンプン!

 

本当はステーキが食べたかったのに。

ハンバーグなんてさ。

 

まじ、ぐるなびにサイテーって書き込もうかしら。

 

ねぇねぇ、聞いてよ!あのお店に行ったんだけどさー・・・

 

 

 

と辺り一面八つ当たりして、

心を囚われていたんじゃないかな。

 

 

 

 

 

当時は

「そんなことない!わかってくれない!」

ってメンターのこと全否定してたけど、

 

こうして見ると、やっぱり私は

八つ当たりして、怒り爆発の感覚を自分で選び、楽しんでたんですよね。

 

 

 

 

 

私の本当の望みは、

ぐるなびにひどいコメントを書き込むことでも、

あの店員さんに一日中心を奪われることでも

ないはずなのに。

 

 

 

 

 

 

今までいろんなことを「外側のせい」にして、

自分を「かわいそう」としておきたかった。

 

 

 

 

 

お店が木曜定休なんて、私は不幸。かわいそう。
店員さんの感じが悪くて、私は不幸。かわいそう。

 

 

 

 

 

何でもかんでも「自分と一体化してた」って感じです。

これ、幻がいっぱいくっつくんですよね。

 

 

 

 

今は、

 

 

 

お店が木曜定休である。 私は私。

店員さんが笑わなかった。 私は私。

 

 

 

 

 

こちらの記事同様、

 

→私の幸せ、私次第♡「自分の領域」と「他人の領域」を区別したら腑に落ちた♡

→新月の感謝♡ 対等の世界とは魂レベルでリスペクトがある在り方のこと

 

 

 

「自分」と「外側のこと」を

区別して見られるようになったのかなって思います。

 

 

 

 

 

 

 

定休日を調べずに直接そこへ行くと決めたのも自分。

 

ハンバーグ屋さんに行くと決めたのも自分。

 

違和感あるまま、注文したのも自分。

 

出されたハンバーグを食べると決めたのも自分。

 

お代を払うと決めたのも自分。

 

 

 

 

ちゃんと全部、細かいところに至るまで

自分で決めた通りになっているんだなー。って。

 

 

 

 

 

つまり、全ては叶っているんだなぁ。(←感心してます。笑)

 

 

 

 

自分で選べるって本当にすごいこと。

 

その事実というか、現実がすでにとっても有難いことで


たまたまお店がお休みだったり、
たまたま嫌な人がいたというだけの話なんだな、って思いました。

 

 

 

 

だから、そこで何を感じても大丈夫。って思えてきた♡

 

 

 

ネガティブな感情は、ただの波。

ポジティブな感情も、ただの波。

自然界に波があるのは当たり前の話だもんね。

 

 

 

私の幸せには影響ないのだなー。

 

 

 

 

 

 

「自分の領域」と「自分の外側」を区別して、

自分の波に身を委ねるのが、今は心地いいなぁって感じてます。

 

 

ありのまま、というのかな。

リラックスしてられる感じがあります。

 

 

 

 

 

これまでずっと

「自分の外側」の波をコントロールしようとして、

 

でも出来なくて、

そんな外側に怒ったり、そんな自分に凹んだりしてたんだ。

 

 

大好きな洞爺湖♡

 

 

だけど、波のコントロールなんて出来るはずなかったんだよね。

 

水たまりの波でさえ、

私にはコントロールすることは出来ないんだもん。

 

 

 

 

 

自分の領域だけを見て、自分の望みを理解する。

私に出来るのはただそれだけ。

 

 

 

 

 

 

でも、それが 
私に贈られた最高のギフト♡

 

大事に大事に、大活用します^^ きーめたハート

 

 

 

自分がわかるって、すっごく安心なんですね。

ほんと、設定変更に出会えてヨカッタ♡ ひしひし。