石巻に行ってきました その2 | わたしの日記

わたしの日記

元夫は難病患者、私たちは患者家族、そして離婚。
普通ではない離婚までの経緯をテーマ別で過去と現在を分けてます。
ひとり親で派遣社員。
今は大学生の娘(ぴこ)と気楽に過ごしてます。


震災遺構になっている門脇小学校に行きました。
平日だったからか他に見学者はおらずゆっくりまわることができました。
受付をすると順路は体育館から始まるのですが、入る前に受付の方から少し案内がありました。

ショボーンこちらから体育館に入って順に回っていただきます。最初に消防車と市役所の車があります。そのあと校舎を見ていただき展示館も回ると最後にまた体育館に戻ってきます。裏側には仮設住宅もあるので見ていってください。そしてまた最初の消防車のところに戻って終わりになります。

この説明聞いてるときに防寒のために体育館の入口にひいてあるビニールのカーテンから消防車が透けて見えるのだけど、それだけでグッときてしまいました。

ニコニコどうぞごゆっくり見ていってください





震度6強の揺れが3分ほど続きました。
最初に訪ねた祈念公園は6.9メートルと書いてありましたが、石巻での最大の高さは8メートルを超えていたのです。

ドアの高さと同じ、1階がほぼ浸水しています。

校舎へ向かいます。
3日間の火災の末、残った校舎内の様子です。
1階は津波の力で物と土砂が混じって散乱しています。
⬆校長室   中央に横倒しになっているのは金庫です
この中には6年生の卒業証書が入っていました。
教頭先生がしっかり鍵を持って避難していたため火災のあとに役所の職員と一緒に開けたところキレイなまま見つかり
無事に卒業生に手渡すことが出来たそうです。

1階廊下

2階教室
津波はここまで上がらなかったようで机は当時のまま並んでいます
真ん中にふたつ向かい合ったイス
クラス最後のお楽しみ会でゲームをしている最中だったそうです。


被災前はきっと窓から住宅街が見渡せたのでしょう

3階教室

こちらは給食の搬入のためのエレベーターや入口があったそうです

子供たちは先生と一緒に学校裏にある日和山に避難を始めます。
しかし学校には子供たちを心配して迎えに保護者が来てしまいます。そこで数人の先生たちは残って日和山へ誘導していたそうです。
揺れと津波のあと、火が迫ってきて残った先生や避難しに来ていた住民は校舎から裏山へ逃げました。

廊下と窓の外に机と椅子を並べて階段を作り、滑らないように毛布を敷き、突き出してる部分に下りて
崖との間に教壇を橋渡しにして右側へ渡ったそうです。
赤ちゃんを抱っこしていた人もいたそうでとても怖かったろうと思います。

燃えた校舎の次は展示館へ続きます


燃えずに残ったものが展示されています


つづく