犬を飼ってるってことは
犬を虐待してる
ってことでしょ?
(Pixabay)
私が大親友に言われた
衝撃的な一言。
価値観って本当に様々でそこに
善悪や正誤のジャッジは必要ない
とは言うものの・・・
自分と違う価値観に遭遇する度
やはり心は揺れます。
だからいつもできるだけ
自分はなにを信じるのか?
という自分軸にのみフォーカスして
「ふ〜ん(あなたの世界では)そうなんだ」
で終わるようにしています。
自分と違う価値観は
否定もしないし
ジャッジもしない。
ただただそうなのね、と。
もちろん私
ロボットじゃないので
感情は湧き上がります。
反感だったり、嫌悪だったり
無力感や絶望、恐怖、不安
驚嘆、怒り、悲しみなど。
そしてそういった所謂
ネガティブな感情こそ
私はナチュラルにありのまま
感じるようにしてます。
だって感情にも善悪はありませんし
感情(直感)こそ今私たちに
必要なモノだと思うから。
さて・・・
我が家には1匹の犬がいます。
名前は「梅」。12歳のメスです。
12年前、生後間もない梅を
動物愛護センターから
引き取ってきました。
私は幼い頃から大の犬好きでしたが
父が2,3年に1度
全国転勤する仕事だった為
子どもの頃はずっと飼うことを
我慢してきました。
きっかけは
当時小学生だった娘が借りてきた
1冊の本でした。
(犬たちをおくる日:金の星社)
愛媛県動物愛護センターの
職員たちの日常から
殺処分される動物たちの
命の尊さを考えるという内容でした。
当時興味がわいて調べると、なんと
我が故郷愛媛県は
殺処分全国ワースト1位。
(四国3県は常に上位です・・・)
いても立ってもいられなかった私は
その日の内に譲渡会の予約をし
迎えに行く時必要になるであろう
首輪、リード、ゲージを買い揃え
子どもたちに報告したのでした。
即決断即行動の私です(笑)
梅を家族に迎えてから
私たち家族には
いいことしか起こってません。
・子どもたちが、自然な形で
命を預かることや命を守ることの
大切さを学ぶことができました。
・散歩したり一緒に遊んだりすることで
私の運動不足が解消されました。
・梅の存在そのものが、家族皆の
大きな癒しになりました。
田舎ってこともあって
リードなくても散歩OK。
ストップマークでは
ちゃんと止まって左右確認する
飼い主よりもルール遵守の賢い子デス(笑)
当然、梅にとっても
我が家に来たことは
ハッピー&ラッキーな出来事であり
その人生(犬生!?)を
喜んでいる(はず)と
私は自負していました。
しかし。
学生時代からの親友に
梅を飼い始めたことを話した時
言われたんですね。
虐待と同じよね
って。
(illustAC)
晴天の霹靂
だったです・・・。
一瞬にして心が凍り付きました。
まだまだ今ほど自分軸がしっかり
確立できてなかったのもありますが・・・
「殺処分される運命だった子犬を
すんでのところで救出したのよ。
だから私、いいことしてるでしょ。」
そこまでは思っていなかったにしても
少なからず
1つの命を繋いだという自負があり
決して責められることなどない
と思っていた私。
親友の言葉はにわかには
理解しがたいものでした。
そもそも犬は
人間(と共に暮らす)のために
生まれてきたんじゃない。
人が人らしく
生きることを望むように
犬も犬らしく
動物として生きるのが幸せだ。
首を繋がれ行動範囲を制限され
ほとんど毎日同じような
食事を与えられる。
しかもドッグフードなんていう
人間にとってのみ便利なだけで
犬にとってはプラスにならない
食べ物だ。
犬同士の自然な接触が断たれ
子孫を残すことさえ許されない。
(人間の都合で
避妊・去勢手術をさせられる)
そんなの地獄以外の
なにものでもない。
そして例えば
あんたが病気になったり
無職になったりして困窮した時
犬の世話はどうすんの?
あんた食べずに養う気がある?
今大地震に見舞われて
住む家を失い
我が身を守ることさえ
儘ならなくなった時
犬のことはどうすんの。
仕方ないから放置する?
動物だからなんとかなるって?
私も犬は大好き。
だからこそ
絶対に飼わない
と決めている。
そう彼女は話しました。
「あ~そういう考えもあるのか。
なるほどなあ・・・深いなあ」って
最初はビックリし過ぎて、そして
怒りが爆発して彼女に
ぶつけてしまいそうになった私も
深呼吸して冷静になるうち
素直にそう思い始めていました。
私もできるだけ梅には
自然に近い形で生きてほしい
と思っているので
自宅敷地内では放し飼いで
首輪もつけてないし
食べるものも私たちとほぼ同じで
大量生産のドッグフードは
一切与えてません。
できる範囲ではあるけれど
梅にとって心地よいだろうと思う環境を
用意しているつもりでした。
ただ、それは彼女の目線からすれば
「まったく本質からズレてるわ!」
ってことだったわけですが。
だからといって
自分の決断と行動が
間違っていたとか
恥ずかしいとか
そういうことは全くありません。
梅を家族に迎えた事を
悔やんでもいません。
同じ1つの事象でも、人が変われば
こうまで捉え方が違うんだ
やっぱりこの世に絶対はない。
それを改めて確認することができた。
そう思っています。
それだけじゃなく
いろんなことを共に経験し
乗り越えてきた大親友であり
同じ「犬好き」同士でさえ
価値観の相違は起こる
ってことも
しっかりと理解できました。
そういう意味で
彼女には感謝しました。
学ばせてくれてありがとって。
この話をもし
ただの隣人や知り合いとしていたら
私はおそらく
逆上し、反論し
相手を論破しようと必死になり
(Getty Images)
なんの気付きも
得られなかったはずです。
信頼している大好きな
親友の言葉だったからこそ
強烈に刺さりはしたけれど
冷静に受け入れ、言葉の真意を咀嚼し
納得することができたと思います。
説得されたのではなく
納得したんです。
この一件があってから
私は以前にも増して
彼女のことを心から
信頼するようになったし
好きになったし
誇りに思うようになりました。
全く逆の価値観を
素直にぶつけてくれたことが
すごくありがたかった。
私たちが
うわっつらだけの
仲良しごっこの関係ではないことを
(Pixabay)
ちなみに・・・
私を死の淵から生の世界に
呼び戻してくれたのもこの彼女だし
実は占星術的にも彼女は
私にとってのキーパーソンです。
太陽及び月星座が魚座の人は
私にとっては反面教師の役目を担っており
弱みや欠点を気づかせ学びを与えてくれる人。
そう、彼女は太陽、月共に魚座です。
「自分軸で生きよう」
ってよく耳にします。
これって勘違いしがちなんだけど。
自分軸で生きるって、決して
排除しよう
攻撃しよう
ではないと思うんです。
そういう人って、頭の中で
「何が正解か」
ばっかりを考えてるから
結局
「他人軸で生きる」
ってことになる。
SNSとかでもよく見かけます。
自分と違う(反対の)意見の
投稿や記事を見つけては
すぐに非難コメント書き込む人。
凄い勢いで罵倒して
理詰めで倒そうとする人。
もちろんこれ、他人の意見に翻弄されてるので
まったく自分軸のない状況です。
(Pixabay)
もしくは逆に
自分と違う価値観に出会うと即
その価値観に賛成しちゃう人。
これ、自分の意見を頑固に貫かずに
ちゃんと自己コントロールして
うまく生きてるって
勘違いしてる人がいますけど
違います。
自分以外の誰かの判断でしか
動けないっていう所謂
依存の状態です。
(Pixabay)
頭の中で
メリットデメリットを判断して
誰かの期待に応えようとしてる
あるいは
人から嫌われないように気にしてる。
まさに
他人軸で生きてるってこと。
でしょ?
たくさんの人と共に生きている以上
100%完璧に
自分軸で生きる
ってのは難しいです。
おそらく現代人は無理です。
だから要は、自分が
何が好きか
何が得意で
何を大事に
生きたいのか。
自分で自分をちゃんと理解して
その軸を中心に構えておくこと。
できるだけそこから離れないような
考え方や言動を自分で選択してく。
ちなみにこの「自分軸を整える」に関して
大事なことがあります。
自分軸を整える時「心の声を聞きましょう」
ってよく言われてるんですが
これ、正しくは「魂の声」ですね。
心と魂をごっちゃにする人が多いですが
この2つは全く違います。
全く、です。
一方心と身体というのは
かなり密接に関わってます。
ぶっちゃけ心の半分(それ以上)が
身体だと言ってもいいくらい。
ここについてはまた別記事に書こうと思いますので
割愛しますね。
ま、とにかく
いつも主語は
「自分」
で考える。
これがめっちゃ大事です。
それと同時に
他人の”自分軸”を
尊重すること。
ここもできるようになると尚良し。
これがたぶん
苦手な人が多いです。
どうしても他人を
自分の”自分軸”に巻き込もうとします。
私もやってしまいがちです。
特に子どもたちに対して・・・
この日々のblogも
「私が」思うこと
「私が」好きなこと
「私が」大事にしてるモノ
を
「私が」好きなタイミングで
「私が」好きなように
発信しているので
読んでくれた誰かと
価値観が違うからといって
それは全く問題ではありません。
どちらが正しいかを論じることは
無意味です。
無駄です。
まったく必要ありません。
もちろん!
同じ価値観の方と
知識や思いを共有できることは
私の幸せだし
違う価値観の方の
”自分軸”を知ることは
私の学びです。
自分軸で生きることが上手くなると
いい意味で
周りはどうでもよくなります。
そして
自分以外の人を
ありのままで
認められるようになります。
いい意味で
諦められるようになります。
孔子の言葉にもありますね。
他人が自分を認めないことを
気にするな。
自分が他人を認めようとしないことに
悩め。
って。
ちなみに
自分以外のすべての人を認める
って、決して
すべての人の意見に共感して
仲良さそうにする
ってことじゃありません。
私は
自分に必要ないな、とか
明らかに自分と合わないな
と感じる波動の人とは
すぐに距離を置くようにしてます。
(ここはホントに全力で)
それはその人を
否定しているのではなく
それぞれに必要な
生きる場所が違うことを
認めてるだけです。
つまり
無理して交わろうとしない
ってこと。
それぞれの場所で
それぞれに必要な生き方をする。
これがベストだと思っています。
誰もが”自分軸”で今という時間を
堂々と精一杯
気持ちよく生きていくこと。
これがまさに
私が求めている生き方です。
質問です。
あなたの自分軸は
今ココに
ちゃんと存在してますか?
あ、ちなみに巷では
自分軸というのは
「ブレてはならない」
「ブレないことが良し」
って言われがちだけど・・・
そこも私は「?」と思っている。
日々めまぐるしく変化する世の中において
外界(いろんな波動)と接していく中で
軸が絶対にブレない
なんてことはありえない。
ブレていい。ブレてブレてそしてまた
軸に戻ってくればいいわけで。
そうすることでより自分軸を
強く確かなものにしていけるから、ね。
合掌
━━━━━━━━━━━━━━━━━
<健康迷子のあなたへ>
「がんばってるのに不調が改善されない」
「いろいろ試して一時的に良くなっても
また別の不調が繰りあ返される」
「自分に合う健康法がわからない」
「健康情報に振り回されて疲れてしまった」
そんなあなたへ
私自身も長年の不調を経験し
外に答えを探す旅を続けてきました
だからこそ
あなたの気持ちが痛いほどわかります
【Re:Room】は
あなたが「本来の私」に還るための場所
健康情報に振り回されない静かな再生空間
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
腸内フローラ×ホロスコープで叶える
あなただけの心と身体の調律プログラム
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
です
みんなに共通する健康法ではなく
あなたのためだけの調律法で
本来の健康な姿を取り戻していきませんか?
詳細はこちらから↓
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
<セッションのご案内>
こころや体の不調、悩みを
ひとりで抱え込んでいませんか。
・朝起きても疲れが抜けず、体が重い。
・急を要するほどではないけれど、
どこかがずっとつらい。
・具合が悪いのは確かなのに
検査をしても「異常がない」。
・いつもイライラしてしまう。
・つらい、しんどい、不安。
自分の体なのにどう扱えばいいのか
わからなくなっていませんか。
健康について調べてみたり
誰かの発信を参考にしてみたり。
食事を変えてみたり
サプリや運動を試してみたり。
でも思うように良くならない。
これで合っているのかもわからない。
何が悪いのか、どうすればいいのか──
まるでどしゃぶりの雨の中を
孤独に歩き続けているような
気分になりますよね。
疲れ果てて、呆然と
立ちすくんでしまいますよね。
そんなときは
いらしてください。
ここはずぶ濡れになったあなたが
「安心して雨宿りできる小さな庵」です。
一人で抱え込まなくて大丈夫。
どんな思いも、そのまま
もってきてくださいね。
体のことも、心のことも
いまどこで滞っているのかを
いっしょに見つめ
少しずつ“本来の流れ”を
取り戻していきましょう。
不安や迷いで
ぎゅっと縮こまっていた
あなたの心と体がゆるみ
安心を取り戻したとき…
これから進むべき道は
自然と浮かび上がってくるはずです。















