
吹田・関大前「静心庵」・僧侶の 淨華です

今日は、こんなに素敵な詩に出会いました
シェアしますね

素敵な詩ですね
まさにその通りですね
ひいひいおじいちゃんなんて会ったこともないと言えば、それまでですが
今の自分の命は、その方からの命でもある。
仏教ではそんな命のことを「無量寿(むりょうじゅ)」といいます。
限りないいのちなのです。
数々の先人たちは、どんな苦労の中、どんな涙を流し、どんな汗をかきながら
生きて来られたのか・・・
しっかりと訪ねたいものです。
法事の時に、最初に表白(ひょうびゃく)という文を読み上げます。
「亡き人を偲びつつ、如来の み教えにあいたてまつる」と
私たちが亡き人を偲ぶというのは、
その方がどんな人生を歩んで来られたのかを想ってみること
明治・大正・昭和・平成と様々な時代を生き抜いてこられた。
山あり谷あり戦争もあった。
戦火を潜り抜け乗り越えてやって来られた。
何を想い、何を考え、どんな苦労の人生を送ってこられたのか
そしてそのことが私に何を教えているのか・・・
そんな目に見えない、亡き人の生き抜いてこられた命そのものから
私が教えられるものになるということが、亡き人を仏さまと頂けることなのです。
「亡き人を偲びつつ、如来の み教えにあう」とは、まさに
仏さまになられた亡き人とあうということなのです。

まさにその通りですね
ひいひいおじいちゃんなんて会ったこともないと言えば、それまでですが
今の自分の命は、その方からの命でもある。
仏教ではそんな命のことを「無量寿(むりょうじゅ)」といいます。
限りないいのちなのです。
数々の先人たちは、どんな苦労の中、どんな涙を流し、どんな汗をかきながら
生きて来られたのか・・・
しっかりと訪ねたいものです。
法事の時に、最初に表白(ひょうびゃく)という文を読み上げます。
「亡き人を偲びつつ、如来の み教えにあいたてまつる」と
私たちが亡き人を偲ぶというのは、
その方がどんな人生を歩んで来られたのかを想ってみること
明治・大正・昭和・平成と様々な時代を生き抜いてこられた。
山あり谷あり戦争もあった。
戦火を潜り抜け乗り越えてやって来られた。
何を想い、何を考え、どんな苦労の人生を送ってこられたのか
そしてそのことが私に何を教えているのか・・・
そんな目に見えない、亡き人の生き抜いてこられた命そのものから
私が教えられるものになるということが、亡き人を仏さまと頂けることなのです。
「亡き人を偲びつつ、如来の み教えにあう」とは、まさに
仏さまになられた亡き人とあうということなのです。



