今回は
現在中2の娘と私のおはなし。


記憶を遡ると


小1の終わりに
「学校行きたくない。」が始まったんだけど、


休むこと=悪


だった私がこの事実を
受け入れられるわけもなく
激動の数年間でした💦



完全に休む日もあれば、
遅刻・早退の日もあったけど



娘が4年生になった6月
わたしが仕事を辞めることになり


「ママがいれば学校に行ける。」

という娘の声をうけ

学校に付き添うことにしました。





4年生は別室登校。


2人だけで雑談しながらワークをやったり
黒板を使って学校ごっこをしたり
動き回りながら面積の大きさを勉強したり


2人だけで過ごす教室は笑いにあふれて
いましたニコニコ



5年生はコロナの影響で
6月からスタート。


じっくり娘と向き合う時間を
取ってくれる担任の先生で



わたしに対しても
【子育て中のお母さん仲間】のような
横並びの関係で接してくれる先生でした。


親子共々、とっても安心できたなぁ。
会いたいなぁ。



おかげで、冬ごろからは
教室に入ることができるように。



異例中の異例だと思うけど、
わたしも一緒に授業に混ぜてもらって
楽しませてもらいました。


子供達とやった野球なんて⚾️
最高に楽しかったし


たくさん笑いあって
自分の友達ができたみたいで
嬉しかったなぁ口笛





そして、小学校最後の1年間は

「ここまできたら最後まで!」

と、腹を括って付き添い登校することに
しました。

ーーーー

この1年の後半が、
けっこうしんどかった。


中学生になったらもう付き添い登校は終了。
娘も私もそれは決めていました。


だからこそ、少しづつ
離れなければいけない。


自分でできることを
増やさなければいけない。


娘の代わりに
先生や友達の間に入るのは
おしまい。


それはそれで大事なこと。


けれど、
その場にいるのに
できる限り気配を消して過ごすということが


すんごく私の性質
とマッチしていなかった。


と、今頃になって気づきました💦


そりゃそうだよね。


なんでも一緒に楽しみたくて
楽しいことをエネルギーとしてる人が
気配を消すってね。


生きてるのに死んでるみたい。


エネルギーが少なくなってくると
どんどん負の思考になってきます。


「6年生になっても親が過保護だから
子供が自立できないんだよ。」


世間はわたしのことをそんな風に
みているという妄想が止まらない真顔



2時間だけ学校で過ごし
家に帰ったら
もうエネルギーは空っぽ。


娘と布団にもぐる。
(まだ午前中です💦)


こんな生活良くない!
ちゃんとしなきゃ!

でも疲れた😭

そんな繰り返しの毎日。


いつしか、おしゃれも忘れ
すっぴん&毎日同じ服ででかける
ことに何の抵抗もなくなりましたとさ。

つづく