スケートは歌う・・・ | ショピンの魚に恋して ☆羽生結弦選手に感謝を込めて☆

ショピンの魚に恋して ☆羽生結弦選手に感謝を込めて☆

清冽な雪解けの水のようにほとばしる命の煌めき・・・
至高のアスリートにしてアーティスト、
羽生結弦選手を応援しています。

皆さん、大掃除は終わりましたか?

私は今日は一日ヘトヘトになりました。今頃やっとゆづニュースを追いかけています。

こんな肉体労働に明け暮れた一日の終わりは、やはり結弦くんのスケート動画ですね。これを見ないと一日が終わりません。

 

 

先日、ピアノ専門誌「ショパン1月号」に掲載された結弦くん特集の記事で触れたことについて、今日はもう少し書いてみたいと思います。

「そして、ここで1回目の4回転ジャンプである。曲の盛り上がった最高点の近辺で跳ぶのが自然かと思いきや、羽生選手は長く重みのある音符に合わせて跳んでいるために不思議と違和感はない。静寂の中の名人芸となっている。これはクラシック音楽、ピアニストにとっても重要な要素である。参考になるのではないか。一見、合っていないように見えて、実は演技が音楽と一体になっているのだと言えよう。」森曠士朗氏(音楽評論家)

結弦くんはよく「音ハメが上手い」と言われてきました。私も結弦くんの「音ハメ」は天才的だとかねてから思っていました。でも、天才的だと思う部分は厳密に言うと、「音にピタリと合わせる」とは言えない箇所で、より明らかなことだと思うのです。「音からわざとズラす」。そこが本当に天才的だと思うのです。

 



わかりやすいのはバラード第1番のフィニッシュのポーズですよね。最後の和音から微妙に遅れたタイミングで両手をバッと開くという・・・。最後の和音につけられたフェルマータ*を意識しているように感じられます。

 

*フェルマータ

「延長記号」とも呼ばれる。休止の長さは特に制限がなく,演奏者の解釈や,楽曲中の記号の付された場所によっても異なる。(ブリタニカ国際大百科事典)

結弦くんはもしかしたら、バラード第1番の楽譜すら手にしているのかもしれません・・・。フェルマータという『余韻』を意識して捉えると、演技に命が吹き込まれます。

 

私も文章を書く時、句読点をどこに打つかをかなり意識するようにしています。

楽譜通りに演奏できていても、台本通りにセリフが言えていても、どこか物足りなく感じる演奏や舞台があるとしたら、それはきっとこうしたことが足りないからかもしれません。

音楽を演奏する際、とても大切なこととしてアーティキュレーションとフレージングという言葉がよく挙げられます。

アーティキュレーション:
1音1音に表情をつけるものです。アクセント、スタッカート、テヌート、スラーなどの記号によって、楽譜上に明示されています。

フレージング:
アーティキュレーションが1音1音に対する表情の指示なのに対して、こちらはいくつかの音をまとめて「フレーズ」として捉え、そのまとまりに対して調子や抑揚を変化させることです。楽譜に指示はないので、どこからどこまでをひとつのフレーズとして捉えるのかは、演奏者の感性にかかっています。

結弦くんが同じプログラムを演じても、毎回異なる印象や感じ方を観客に与えるのは、高い技術に裏打ちされたスケートに、さらにこうした音楽的な解釈が加わって高められた表現力の賜物だと思うのです。

 

幾通りものアーティキュレーションとフレージングを駆使してプログラムに無限の表情をつける。それこそ結弦くんの天才的な感性と言えるような気がします。


余韻や休符を「音」として捉え、それをスケートで表現してみせてくれる・・・。結弦くんのスケートには音楽の「呼吸」が感じられます。

 

結弦くんのスケートは歌っているのです・・・。

 

 

スポニチ/長久保さん

https://twitter.com/YutakaNagakubo/status/946356359284453376

 

全国どこでも入手できるとよいですね。

 

【編集長便り VOL.7】2018年の幕開け! 2月号をお届けします
UPDATE : 2017.12.29