こんにちは。
マインドコーチ&「居待月」という居酒屋を運営しております丸山伸予です。

店の定休日だった昨夜は、新宿の隠れた名店「カサベリア」に行って参りました。
行きたいと思いつつなかなか行くことが出来ず・・・。
ようやく昨夜、念願が叶いました^^
ちなみに、ここのパエリアは絶品です!
スペイン料理を堪能されたい方にお勧めのお店です。
さて先日、なぜ私がなぜ一般社団法人を立ち上げたのかということを、このブログに書かせていただいておりました。(その1,その2)
今日もその続きです。
家での母の介護は、病院での母の介護より数倍大変でした。
それは当たり前ですよね。
一歳児の息子と、自分では何もできない人工呼吸器つきの寝たきりの母を、ダブルでみなくてはならないのですから(^^;
その頃母は、まだ口から食事を摂っていました。
もちろん、飲込む力も相当弱っていましたので、飲込みやすい食事を作っても、スプーンで一口づつ与えるので相当時間がかかりました。
ある意味、息子の方が誤嚥する心配がない分、楽だったといえます。
母自身も、自分の食事時間がかかることを気にして、「もういい」と食事を途中でやめてしまうことが多々ありました。
ですが、食事が摂れないことを母は、Tさん(母の再婚相手)に「食べさせてもらえない」と訴えていたのです。
そんなこともあり、母はTさんと難病の人が多く入っている病院に入院することを、勝手に訪問看護師さんと決めてしまったのです。
母が家に来てから、ちょうど1年が経った頃のことです。
私は、母のために入院することを止めました。
そもそも、老人病院での扱いがあまりにひどかった(お風呂にも半年以上入れてもらっていませんでした)から、私の家に来ることにした筈でしたのに・・・。
けれど母は、病院行きを決行。
もちろん、母の入院の支度をするのも、民間救急車で同行するのも、全部私なのですが(^^;
ただ、たった3か月の入院の間に、母は食べ物をのどに詰まらたため、鼻からの経管栄養での食事に切り替えられて、我が家に戻ってきました。
実は、母の新しい入院先に、私も一日おきくらいに通っていたのですが、母は入院3日目で「帰りたい」と泣いていました。
本当は、私の家で、もっともっと私に世話をしてもらえると期待していたのです。
ですが、私も子育てしながらの介護で疲れ果て、母に声を荒げることもありました。
私も人間。出来ることと出来ないことがることを、私自身身に染みて感じていました。
ただ、ある意味この3か月の母の入院で、母も私に面倒をみてもらうということを、決心したのだと思います。
この頃よく母は、早く天国に行きたいと泣いていました。
死にたくても、自分の手が動かないため、自分で呼吸器も外すことは出来ません。
私に何度も、呼吸器を止めてと泣いて訴えましたっけ。
もちろん、私にそんなことが出来るはずもありませんが・・・。
このALS(筋萎縮性側索硬化症)という難病に罹るまで、母は大きな病気などしたことのない元気そのものの人でした。
太っていたことで血圧が高くはありましたが、それ以外は全くの健康。
クリスチャンの母は、いつも神様に「身体にメスを入れる病気だけは与えないでください」と祈っていましたが、まさかこんな形で神様からの答えをいただくとは・・・。
ですが、私はこの母の生きる姿を見て、人はいつどうなるかわからない。
だったら、元気なうちにやりたいことをやらなくちゃ損だと、強く意識するようになるのです。
長くなりますので、また次回に続きます。
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