前回の小川駅を出発すると、列車は八代平野の田園地帯へと進みます。今回訪れたのは、八代市鏡町にある有佐駅。駅前には商店や住宅が広がり、周辺自治体の玄関口としての役割も担う重要な駅です。
有佐駅|駅舎と駅前
有佐駅は明治29年11月21日に九州鉄道の駅として開業しました。
明治40年に国有化され国鉄の駅となり、昭和62年の国鉄分割民営化でJR九州の駅となりました。
駅舎
片流れ屋根の新しい駅舎があります。
この駅舎は平成26年に改築された比較的新しいもので、非常にコンパクトな建物となっています。
駅前
駅前は、前回の小川駅よりにぎやかな印象があります。
駅があるのは八代市鏡町ですが、駅前を少し進むと八代郡氷川町に入ります。また、氷川町の町域は鹿児島本線を跨ぎ八代海まで細長く伸びています。そのため、小川駅との間で町域を鹿児島本線が通過しているものの駅が設置されていないため、実質的に有佐駅が氷川町の玄関口となっていて、周辺地域にとって重要な交通拠点となっています。
有佐駅|駅内部
駅舎のなかに入ってみましょう。
このときは狭い駅舎のなかに多くの乗客がいて、あまり写真が撮れませんでした。
待合スペース
ベンチは撮影できませんでした。
きっぷうりば
小川駅と同様、タッチパネル式の券売機とSUGOCAチャージ機が設置されています。
改札
改札は、SUGOCA簡易リーダーが設置されているだけで窓口は無人です。
右側に「どれどれ」という表示がありますが、これはJR九州が設置した遠隔サポートシステムの案内表示で、困ったときにオペレーターへ問い合わせができる仕組みです。
無人駅の増加に伴い、こうした遠隔対応設備が導入されています。
有佐駅|構内
では、構内に入ってみます。
構内(八代方面)
八代方面に跨線橋があります。
2面3線の構内となっています。
構内(門司港方面)
前回訪問した小川駅に向かい、八代市、氷川町、宇城市と境界線をまたぎます。
熊本駅から南へ進んできたJR鹿児島本線は、小川駅を過ぎると住宅地の景色から徐々に田園地帯へと変わっていきます。
有佐駅は、熊本都市圏から八代平野の農村地帯へ移り変わる境目に位置する駅といえます。
駅名標
JR九州仕様の駅名標です。
新しい駅名標はイラストなしが多くなってしまい、JR九州らしさが失われた気がします。
熊本方から、小川駅→有佐駅→千丁駅と続きます。
平成15年の有佐駅
いつものように20年以上前の写真で、有佐駅をごらんいただきましょう。
現在とはまったく違う「顔」を見ることができます。
駅舎
当時の駅舎は木造駅舎でした。
夕方の訪問で帰宅する降車客が多く、駅前にはタクシーがたくさん客待ちをしていました。
実に活気を感じる光景ですが、このような光景は地方の小さな駅ではだんだん見ることができなくなってしまい残念です。
ただ当時は、この賑わいが駅舎を撮影する身には少々悩ましく、時間があればじっとタクシーがいなくなるまで待っていることもありました。
駅看板
駅名のみや「JR」と表示されているものは見かけますが、「九州旅客鉄道株式会社」と会社名がフル記載された駅看板は珍しかった記憶です。
駅内部
壁にかけられた額縁みたいな看板が、時代を感じさせてくれます。
構内
奥が八代方面です。
現在も同じようなアングルで写真を撮っていますが、大きな違いは右側です。
現在は、道路と住宅地になっていますが、当時は広い構内の一部となっていました。
実は、有佐駅から写真右上方向へ、昭和30年代まで貨物支線が延び、現在は現在の九州新幹線の高架橋手前にあった工場までつながっていました。
昭和50年代の航空写真で確認してみましょう。
昭和51年撮影の有佐駅構内
写真の「+」部分に、かつての貨物支線の分岐部分があるのがよく分かります。
廃止から20年近く経っていますが、現在は道路になっている廃線跡が、まだ築堤のような状態で残っていました。
有佐駅の構内が、今とは比べものにならないくらい広いことが見て取れます。
20年前には、まだ有佐駅の構内に貨物扱いで賑わった頃の痕跡が色濃く残っていたのでした。
廃止後もその痕跡はしばらく残り、20年前の訪問時には構内の一部が更地のように広がっていました。
現在は道路や住宅地へと変わっていますが、よく見ると地形にわずかな名残を感じ取ることができます。
こうして見比べてみると、有佐駅は「地域の物流を支えた駅」へ、そして現在の「地域を支える生活駅」へと、その役割を大きく変えてきたことが分かります。
駅名標(駅舎外壁)
木造駅舎の壁にはモノクロの電照式駅名標がありました。
駅名標(吊り下げ式)
ホームには吊り下げ式の駅名標もあり、こちらは、ローマ字表記の配色部分が反転しているタイプで、主として大きな駅に設置されていました。
有佐駅が重要な駅であったことを物語っています。
駅名標(JR九州仕様)
当時のJR九州仕様の駅名標もイラストがなかったんですね、これは意外でした。
ただ現在のものとはフォントが違っており、もちろん所在地表示も異なります。
さらに、当時は横に「名所案内」のパネルがありました。
現在は枠だけ残っていますが、どうして撤去されてしまったのでしょう。
いまどき、観光客は列車ではあまり乗降しないからかもしれません。
もっと残念なのが背後の煉瓦倉庫です。
油庫があったんですねえ。
現在の駅名標写真を見ると明らかに撤去されています。
これは貴重な鉄道遺産として残してほしかったです、とても残念に思いました。
有佐駅|まとめ
八代市鏡町にあるJR鹿児島本線の有佐駅。
小川駅から南へ進み、住宅地から田園風景へと変わるエリアに位置する駅です。
現在の駅舎はコンパクトな無人駅となりましたが、かつては木造駅舎と貨物支線を持つ、地域の物流拠点でもありました。
20年前の写真と見比べると、駅の風景が大きく変わったことに驚かされます。
それでも、周辺の氷川町に鉄道駅がないこともあり、有佐駅は今も地域の玄関口として重要な役割を果たしています。
次回は、鹿児島本線をさらに南へ。
八代市内の駅、千丁駅を訪ねます。
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有佐駅の情報
札幌駅、東京駅、名古屋駅、大阪駅、高松駅、博多駅から有佐駅へのアクセス
札幌駅から:21時13分着 所要時間15時間13分 52,040円 新函館北斗・東京・博多・熊本乗換
東京駅から:12時41分着 所要時間6時間26分 26,980円 博多・熊本乗換
名古屋駅から:11時09分着 所要時間4時49分 22,260円 博多・熊本乗換
大阪駅から:9時41分着 所要時間3時間55分 19,750円 新大阪・熊本・新八代乗換
高松駅から:9時41分着 所要時間4時間06分 18,740円 岡山・熊本・新八代乗換
博多駅から:7時37分着 所要時間1時間27分 6,430円 新八代乗換
*データはNAVITIMEで検索したもので、平日、鉄道だけで最も早い時間(最速ではありません)に到達できる時間と料金です。
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