たくさんの愛に包まれて、
毎日を安心して過ごすことができるのなら、
あなたは、どんな日々を過ごしたいですか?
介護の仕事をしていると
利用者様から
『おそろしい言葉』を
言われることがあります。
『おそろしい言葉』といっても、
ワタシがそぅ思うだけかもしれませんが……。
『あれをして』
『これもして』
『行かないで』
『ここにいて』
『助けて』
『さみしい』
『こロして』
利用者様全員が全員、
こう言われる
というわけではありません。
これは、ごく一部の話……
しかし、
介護の世界では少なくない話です。
➀「大丈夫です」
「自分でやります」
殆どの方がはじめは
自分で頑張ろうとされます。
➁自立された段階から、
軽い依頼や、お試し段階に入ってきます。
「これお願いしてもいい?」
小さな頼みごとが増えてきます。
その時相手は
こちら側、スタッフ側の反応、
『言ったように動いてくれるのか、』
『見捨てられはしないのか、』
の確認をしています。
これは親の愛を無意識に試していたのと
同じように、無意識化で行われます。
③ 甘え・固定化の段階
「あなたがやって」
「あなたがいい」
などと、特定スタッフへのこだわりや、
本来できることも任せてしまう、
『依存』が強く現れだします。
④ 強い依存・感情揺さぶり段階
「来てくれないと困る」
「なんで来てくれないの?」
不安や、怒り、寂しさが強くでて、
他のスタッフの拒否、
また、呼び出しが頻回になってきます。
⑤ コントロール・しがみつき段階
「ずっとここにいて」
「帰らんといて」
そして、
もっとひどい時には「こロして」
などと、極端な発言されます。
(これは、本当にシにたいのではなく、、
苦痛や孤独から逃れるためだけの表現として
言ってきます。)
特定のスタッフの時間や行動を
自分だけのものに縛ろうともしてきます。
⑥ 再調整段階
選択・Aか、Bか、
(ここが分かれ道!)
A:さらに依存が強まり、
全面的に任せてくる。
自身でできることを丸投げ、
丸甘えしてくる。
スタッフがこれに応えようとすると、
それは完全なる共依存の出来上がりです。
はじめは良いかも知れませんが、
何年もこの日々が続いていくと
それは苦しみに変化する時もあります。
そうならないために
B:適切な距離に戻どる。
「できることは自分で」
「できないところは頼る」
「出来ないところは介助する」
↑この立ち位置が大切になってきます。
依存とは「甘え」ではなく
不安と孤独の表れなので、
否定すると悪化しやすいですが、
全部受けとめると共依存となり、
相手(この場合スタッフ)が自己犠牲をし、
自身の時間と身を削り、
心の負担も強いられます。
当人同士は共依存の関係になっていると気付きもしていない場合が多いです。
優しい人はついつい、
彼らの要求を聞き、
全てを受け入れ、
受け止め、応えようとされます。
『あれもして』
『これもして』
『行かないで』
『ここにいて』
『助けて』
『さみしい』
『こロして』
この言葉を聞いて、
『どうにかしてあげなくては』と
思わなくていいのです。
冷たいようですが、
スタッフに依存して、
共依存のかたちに持っていこうとする
(本人は無意識です)
ある意味、ある意味ね、
その人は、
毒利用者(毒親的立ち位置)なんだと思う。
(何度も言います。ある意味です!)
あなたを利用して
共依存のかたちをつくっている。
そして、利用者様と共依存のかたちに
なってしまうあなたは、
もしかしたら、
毒親育ちなんじゃないのかなとも思う。。。
だから、見抜かれてしまう。
依存できる相手だと。
『わたしの我が儘を
受け入れてくれる人見つけた!』と。
そこに自分の存在意義を
見いだすのもいいけど、
もう、
自分を犠牲にする生き方やめませんか?
相手の言葉を聞いても
全部はやらない。
助けようとしない。
利用者様は、
可愛そうな人ではない。
出来ない人でもない。(認知症や病気で本当に出来ない人のことを言っているのではない)
あなたはあなたの
境界線を守ってくださいね♡
【ゲシュタルトの祈り】
私は私のために生き、
あなたはあなたのために生きる。
私はあなたの期待に応えるために
この世にいるのではない。
あなたも私の期待に応えるために
この世にいるのではない。
私は私、
あなたはあなた。
もしも偶然、
私たちの心が触れ合うなら、
それは素晴らしいこと。
触れ合えないとしても、
それも仕方のないこと。
この世界を安心して生きられる、
芯のある強さが花開きますように♡
お読みくださり
ありがとうございます(*˘︶˘*).。*♡
心の土台づくりサポートカウンセラー
りょうでした
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