国立映画アーカイブが、1932年に制作された『學校敎科フイルム 京城だより』を公開している。
解説にあるように、この映画は、『尋常小学国語読本 巻十』の「京城の友から」と『尋常小学読本 巻十二』の「京城の伯母より」の内容に準拠した教材として制作されたものである。
上掲の広島大学図書館の「教科書コレクション」へのリンクでは、それぞれ39〜42ページが「第十三 京城の友から」、27〜30ページが「第十一課 京城の伯母より」である。
正面が商業銀行(現:Kファイナンスタワー)、左側が朝鮮銀行(現:貨幣金融博物館)、右端は平尾賛平商店の化粧クリーム「レートクレーム」の巨大広告塔。

場所は、現在の鍾閣交差点の北東側、現在の鍾路タワーのある場所。
上の写真の左側のビルは、1935年1月に火事で焼ける前の和信商会。右側は裕昌商会。
下の写真はその東側の昌信商会の前。その横に見えるのが旧漢城電気の建物で、のちに鍾路警察署として使われたこともあった。
南山から北側の眺望に、景福宮の前面に建てられた朝鮮総督府の庁舎が見える。
『尋常小学国語読本 巻十』の「京城の友から」には、
景福宮の構内には新築の朝鮮総督府が見えます
と書かれている。ところが、映像の景福宮の場面では、光化門(本来の位置から東側側壁部分に移築された)の裏側からのショット→勤政殿→慶会楼となっていて、なぜか総督府庁舎は全く出てこない。
まるで光化門から勤政殿へと、あたかも連続しているかのような編集になっているのも、やや不可解である。
その後、京城府庁(現:ソウル図書館)、朝鮮ホテル(現:ウエスティン朝鮮の位置)、中央郵便局が出てくる。
続いて、龍山地区の航空機からの空中撮影映像が映し出される。
1935年8月に朝鮮新聞社が航空写真を撮り、それを小野三正が編集・作図して『大京城府大観』を刊行しているが、それよりも3年も早くムービーで空撮を行っていたのは、かなり先進的なものではなかっただろうか。
これ以降は、『尋常小学読本 巻十二』の「京城の伯母より」に依拠した、朝鮮の人々の服装、住居、生活に関する映像である。異文化への理解を促そうという意図も感じられる。
「同化」というよりも、「朝鮮人には朝鮮人の生活があるのですよ」というニュアンスの描き方にも見えなくはない。これが1930年代後半になると、「皇国臣民化」が進められ、朝鮮人に日本語を話させ、日本人のような生活や行動を求めていくようになる。
ここに描かれているのは、日本による朝鮮統治の「ある時代」の一断面でしかないことを、きちんと認識する必要がある。
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