こんにちはこんばんは!
(夕方のあいさつはどっちがいいだろう?)
今日はひさびさの『流転の海』シリーズです。
全九巻なので、折り返し地点を過ぎました。
◆流転の海バックナンバー
これまでを振り返りながら
読書ノートを書いてみたのですが…
10年しか経ってないのに波乱万丈すぎない!?
と改めて
驚いてしまいました。
戦後の混乱のさなか、という事情はあるにしても
住むところが10年で
大阪→愛媛(宇和島)→大阪→富山→大阪
と移動しまくっていて、
仕事となると7回以上職を変えています。
18年ぬくぬく北海道にいた自分とはえらい違い…。
第五部もめちゃめちゃ面白く、
のめり込んで読みました。
続きがあるのでどうなるかわかりませんが、
第五部で松坂一家は「どん底」の暮らしぶりになります。
松坂一家の大黒柱である熊吾は再起をはかるべく奔走しますが、人に恨まれ、裏切られ、一文無しの状態になってしまいます。
そのため妻の房江も働かざるを得なくなり、房江は小料理屋で働き、伸仁は尼崎にいる叔母(熊吾の妹)のところへ預けられることになりました。
伸仁を富山で一人ぼっちにさせた罪悪感が夫婦を襲いますが、ふたたび家族一緒に暮らせる日を迎えるべく、熊吾は野心を燃やしてふたたび走り回るのでした。
伸仁は10歳になり、身体の線は細いものの、とくに問題なく過ごします。
ですが預け先の叔母の住まいは尼崎の「蘭月ビル」という集合住宅で、居住者はみな貧しく、朝鮮半島からやってきた人々も多く、不穏な空気の漂うところ。
そこで伸仁は否応なく「世間の塵芥」に揉まれて過ごすことになるのです…。
「世間の塵芥」は『流転の海』シリーズでえんえんと描かれていますが、この時代の「塵芥」は人間の欲深さとずる賢さと陰湿さと生き残るための“必死さ”が合わさり、どす黒い人間模様を生み出します。
第五部では熊吾だけでなく松坂一家全員が「塵芥」に揉まれますが、それでも全員がたくましく生き抜く様子が描かれます。
熊吾の剛健さは相変わらずですが、房江がしたたかに行動する様が痛快で、わたしも嫌なことがあってもいちいち凹んでいられない!!とエネルギーをもらいました。
第五部ではどん底な暮らしぶりでも楽しく生きる一家の様子と、伸仁の成長、熊吾の仕事が少しずつ上向きになっていく様も描かれいて明るい気持ちになった一冊でした。
『流転の海』シリーズを読んで毎回思うのが、
わたしはこの本で人生の勉強をさせてもらっているな…
ということ。
とくに胸に刺さるのが
「自尊心よりも大切なものを持って生きにゃあいけん」
「なにがどうなろうと、たいしたことはありゃあせん 」
という言葉。
自分のプライドをなげうっても構わないと思える
「大切なもの」を持つ人こそ
強く、たくましく、そして明るくいられるのだと思います。
「自尊心よりも大切なもの」ってなんだろう?
と読むたびに思うのですが、
今回は読みながら「自尊心よりも大切なもの」は家族に限らず、「生き甲斐」と言えるものも当てはまるのではないかな、とふと思いました。
彼らがそういう心根を持ち、そしてその心根の「揺るぎなさ」に強く惹かれているから
わたしは『流転の海』をおもしろく読み続けています。
あ〜〜
続きが読みたいけど
読みたくないなぁ〜〜!!
(終わるのがさみしい…!!)
それではまた更新します!
