こんばんは!
今日はバリ島旅行の予習本その2です。

ハワイ旅行でもお世話になった吉本ばななさんの作品です。

吉本ばななさんは旅先を舞台にした小説を多く書かれています。

特徴的なのが、どれも傷心旅行なこと。

日本ですごく悲しいことを経験した登場人物が、旅先(ハワイやイギリスなど、ほとんどが異国)で傷ついた心を癒す……という物語がとても多いです。

「マリカの永い夜」「マリカのソファー」もやっぱり「傷心旅行モノ」で、ものすごく傷ついた心を持つ女の子・マリカが旅先のバリ島で少しずつ心を回復していく様が描かれています。

「マリカの永い夜」「マリカのソファー」は同じ物語です。
「永い夜」として書き下ろしたあと、文庫版で「ソファー」に改題しています。
同じ物語ですが、少しだけ設定が違います(あらすじに支障をきたさない程度の)。

「マリカの永い夜」「マリカのソファー」は先述のとおり、マリカという女の子がバリ島でゆっくりと心癒される物語です。

いちばん頼るべき存在である両親にひどく傷つけられてきたマリカは、自分を守るためにちいさい頃から心の中に閉じこもるようになりました。

マリカが閉じこもっている間は、ペインや、ハッピイや、ミツヨや、オレンジといったいわゆる別人格があらわれ、マリカの心を守ろうとするのでした。

そんなマリカをそばで見守っていたのは「ジュンコ先生」と呼ばれる年上のおねえさん。
(「永い夜」と「ソファー」ではジュンコ先生の設定が変えられていました)

ジュンコ先生はマリカと10年来の付き合いで、それなりに大変な時期もありましたが、少しずつ落ち着いてきたマリカのたっての希望である「バリ島に行きたい」という願いを叶えようと、ふたりでバリ島へ旅立ちます。

この物語で描かれるバリ島の様子がやっぱりすごく神々しくて、ちょっと邪悪で、そして壮大で、厳かで、この世にいないものを感じさせる、とても神秘的な場所として描かれていました。

きれいなものしかない、というわけじゃないのが良いですね。
バリ島には黒魔術の村とか意地悪なおばあちゃんとかがナチュラルに出てきてちょっと笑います。

人間誰しもある邪悪なものも見なかったことにせず、ちゃんとあるんだと認めることで、マリカがされてきたひどいことのどうしようもない邪悪さをようやく受け止めることができるように感じます。

もちろん、癒し効果も絶大です。

たとえば、ちょっとイライラしたときにチョコレートでひと息つくとか猫の動画を観て癒されるとか、誰しも経験したことがあるような癒しの何十倍、何百倍も癒しパワーを増大させたような絶景の描写があり、文字を追うだけで身体がぞわぞわしました。

「先生! 夕日がはじまったよ。」
オレンジが行った。
顔をあげると、空がみるみるうちに茜に変わってゆくところだった。
緑の陰影が金を帯び、建物のふちどりが夕闇に鮮やかに浮かび上がる。沢山のガラスもみんな空を映して、世界中に夜が訪れはじめるのを歌う万華鏡になる。蜘蛛はひとつひとつていねいにピンク色に染め上げられてゆく。
人々の顔も照らされる。バリの人も、西洋の人も、私たちも、みんな金色になる。
「時間が止まればいいのにね。」
(57頁)

おおお。
この景色…絶対見たい。
そしてただただぼーっとしたい。
持ち帰ることもひとりじめすることもできない絶景をただ受け止めることをして、身体全体をしびれさせたい。

この描写を読んで心からそう思いました。

「マリカの永い夜」「マリカのソファー」ともに、半分は小説が描かれ、もう半分は吉本ばななさんご自身のバリ島旅行記が綴られています。
(こちらはどちらも同じ内容でした)

編集者、関係者の方々と行くドタバタバリ島旅行記。

小説の内容とリンクするところがあり「作家さんはこういうところを小説のエッセンスとして盛り込むのか…」と思いながら、バリを心から楽しんでいる御一行がとても羨ましくなりました。

目で、耳で、口で、身体全体でバリ島を楽しみながら、みんなの心がしだいにほぐれていく様が描かれています。

旅は確実に日常を持ちこんでいるが非日常だ。旅に逃避しているという意味ではない。みんなが陽に焼けてどんどん豊かな顔になってゆくように、もともとあったはずのいつもは隠れている自分ののびのびした面、とぎすまされた面を思い出しにゆくのだ。そういう旅の特殊な時間と、日本での日常のこんなにかけはなれたなにもかもをつなぐのが「自分」というこの個体、この肉体だけなのだと思うと、自分という存在が頼もしく思えてくる。
(157頁)

ほんとうに嬉しそうだなぁ。
バリ島で自分の頼もしさを感じたいです。




さぁていよいよ明日からバリ島です!!

楽しみだなぁ!

行ってきます!


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