ライティングの勉強をはじめて3ヶ月が過ぎた。
あれこれネタをこねくり回して書く、という流れはだいぶ慣れてきたものの、まだ「コツをつかんだ!」という感じじゃない。
でも、書くことを続けているうちに、自分のなかで思わぬ変化があらわれた。
本の読み方が変わったのだ。
いままでは「活字中毒!」のイメージのままにとにかく本を手に取り片っ端から読みつぶす、という感じだったのだが、今は文章の細かなところに自然と目がいくようになった。
「たしかに、ここはこういう書き方をすると自然でわかりやすいなぁ」
「さすが○○さんだ。シンプルな言い回しでここまで味のある文章になるなんて」
今までは物語内容を把握して「これはどういう物語か」「この物語の本質は何か」みたいなところに目を向けるのに精一杯で、なかなか「どう書いてあるか」まで着目できていなかった。
特に江國香織さんは、物語内容もそうだが「どう書いてあるか」に着目しやすい作家さんだ。
冒頭からそう思わされた。
「一緒に住んでいる男と別れようかどうしようか考えながら紅茶をのみ、紅茶をのみながらそのへんに散らかっている雑誌やTシャツやカップめんの容器を片づけていると、電話が鳴った。」
(8頁 「泳ぐのに、安全でも適切でもありません」)
「女は、いい男にダイエットをだいなしにされるためにダイエットをするのだ。」
(30頁 「うんとお腹をすかせてきてね」)
「こんなに淋しい雨の夜だから、私の大好きな男は妻を抱いているかもしれない。」
(204頁 「愛しいひとが、もうすぐここにやってくる」)
これは本書の各編の書き出しである。
……いやもうずるい、と思った。
冒頭からしめっぽく、なんかぐずぐずした雰囲気が漂う。
え、どういうこと? と一気に引き込まれる。そわそわする。
かなりシンプルな一文なのに、この言葉が出てきた背景を考えさせられる。
すごいしずるい。こりゃもう続きが読みたくなるじゃん! と思う。
この物語は10編の短編集だが、それぞれそんなに長くない。
長くないぶん、センテンスが凝縮されていて「お漬け物」みたいなうまみがある。
想像というごはんに添えて食べるのがベター。みたいな。
物語内容は、恋愛関係で情にとらわれたり、道ならぬ道から抜け出せずにぐずぐずとしてしまったりする女たちの物話。
ダメ男にひっかかっていたり、不倫(が本書はすごく多い)をしていたり、女たちの状況はまぁまぁ面倒くさそうだ。
けれど女たちは「けだるいけれど、まぁ、まんざらでもない」という感じで、その日常を大切に扱っている。
なぜなら女たちはそこに確かに「愛」がある、あったと感じているからだ。
そうした日常のひとコマから、女たちはこれまでの人生で失ったもの、得たもの、それぞれに想いを馳せ、幸せな気持ちになり、懐かしくなって泣きそうになり、失った痛みに心がちぎれそうになる。
この短編集は、女たちにとって忘れたくないかけがえのないものを簡潔にすくい上げているのだった。
この物語のような恋愛はしたことがないけれど、女たちの心情がなんとなく分からないでもない、と思った。
あれこれネタをこねくり回して書く、という流れはだいぶ慣れてきたものの、まだ「コツをつかんだ!」という感じじゃない。
でも、書くことを続けているうちに、自分のなかで思わぬ変化があらわれた。
本の読み方が変わったのだ。
いままでは「活字中毒!」のイメージのままにとにかく本を手に取り片っ端から読みつぶす、という感じだったのだが、今は文章の細かなところに自然と目がいくようになった。
「たしかに、ここはこういう書き方をすると自然でわかりやすいなぁ」
「さすが○○さんだ。シンプルな言い回しでここまで味のある文章になるなんて」
今までは物語内容を把握して「これはどういう物語か」「この物語の本質は何か」みたいなところに目を向けるのに精一杯で、なかなか「どう書いてあるか」まで着目できていなかった。
特に江國香織さんは、物語内容もそうだが「どう書いてあるか」に着目しやすい作家さんだ。
冒頭からそう思わされた。
「一緒に住んでいる男と別れようかどうしようか考えながら紅茶をのみ、紅茶をのみながらそのへんに散らかっている雑誌やTシャツやカップめんの容器を片づけていると、電話が鳴った。」
(8頁 「泳ぐのに、安全でも適切でもありません」)
「女は、いい男にダイエットをだいなしにされるためにダイエットをするのだ。」
(30頁 「うんとお腹をすかせてきてね」)
「こんなに淋しい雨の夜だから、私の大好きな男は妻を抱いているかもしれない。」
(204頁 「愛しいひとが、もうすぐここにやってくる」)
これは本書の各編の書き出しである。
……いやもうずるい、と思った。
冒頭からしめっぽく、なんかぐずぐずした雰囲気が漂う。
え、どういうこと? と一気に引き込まれる。そわそわする。
かなりシンプルな一文なのに、この言葉が出てきた背景を考えさせられる。
すごいしずるい。こりゃもう続きが読みたくなるじゃん! と思う。
この物語は10編の短編集だが、それぞれそんなに長くない。
長くないぶん、センテンスが凝縮されていて「お漬け物」みたいなうまみがある。
想像というごはんに添えて食べるのがベター。みたいな。
物語内容は、恋愛関係で情にとらわれたり、道ならぬ道から抜け出せずにぐずぐずとしてしまったりする女たちの物話。
ダメ男にひっかかっていたり、不倫(が本書はすごく多い)をしていたり、女たちの状況はまぁまぁ面倒くさそうだ。
けれど女たちは「けだるいけれど、まぁ、まんざらでもない」という感じで、その日常を大切に扱っている。
なぜなら女たちはそこに確かに「愛」がある、あったと感じているからだ。
そうした日常のひとコマから、女たちはこれまでの人生で失ったもの、得たもの、それぞれに想いを馳せ、幸せな気持ちになり、懐かしくなって泣きそうになり、失った痛みに心がちぎれそうになる。
この短編集は、女たちにとって忘れたくないかけがえのないものを簡潔にすくい上げているのだった。
この物語のような恋愛はしたことがないけれど、女たちの心情がなんとなく分からないでもない、と思った。
わたしは本書を読みながら、好きなものに囲まれてぐずぐずとする時間を思い出した。
たとえば昨日。
一日の予定ややるべきこと(掃除、買い出しなど)を済ませ、安心してスパークリングワインのボトルを一本あけてしまった。
ワインを飲みながらiPadを開き、某映画見放題サービスで映画を観た。
映画を観ながら、ひとしきり食べた。むさぼるように食べ、飲んだ。
もちろん酔った。自宅の気安さも手伝い、タコみたいになった。身体がどろどろ、頭がふわふわ、だらだら具合は加速して、深夜1時まで夜更かししてしまった。
なんとか顔は洗ったが、歯を磨かずに寝てしまった。
朝起きたとき、食べすぎ飲みすぎで胃が重たく、睡眠不足のだるさと月曜日の憂鬱が一気に襲ってきた。
あちゃ〜やりすぎた〜!! と一瞬罪悪感に襲われる半面で、昨日の自分はなんだか「狂いたい」気分だったんだ! と分析する自分がいた。
「そんなのダメじゃん」「あかんやん」ということはよーく分かっている。
こういう時間は自分を「退化」とか「死」に確実に近づけるけれど、幸せな瞬間が確かにある。そういうことなら実感したことがある。
「死」とか「退化」に近いところに、ひとすじのきらめきが確かにあるのだろう。
その際どいところを簡潔にすくい上げる江國香織さんの筆力に、ただただ圧倒されるばかりだった。
★ぐじぐじした恋愛小説がお好きな方は
もおすすめしたい!
