![]() | ブス愚痴録 (文春文庫) Amazon |
「ブス」という言葉に過剰反応してしまう。
カレー沢薫さんのようにブスのカリスマにもなれず、インスタ映えを気にするキラキラ女子にもなれずに中途半端な自意識を持つわたしは、「ブス愚痴録」のタイトルに「なんだこれ?!」と飛びついた。
この物語は表題作ほか8編の短編集。妻や花嫁候補の女性の美醜や気性についての男の文句があちこちで聞こえる一冊だ。
一番気になるのは表題作。「ブス愚痴録」という率直なタイトルをつけているくらいだから、物語内のブス談義もかなり率直なのなのだろう…と恐る恐る読んだ。
「(中低な顔やなぁ)
と吉見は思った。中高な顔、というのはあるが、中低な顔、というのもあるようである。」(52頁)
「男たちは(これは吉見も含めて、であるが)女を、一人一人、じっくりと洞察するヒマなんかないのである。チラと見てパス、チラ、パスという具合に選別してゆき、これはという女に当って、「あ、きたきた」という感じで、じっくり洞察しようと身構える。姉などは内面に、いかに美点を秘めていようと、「チラ、パス」で片付けられるのがオチであろう。」(63頁)
「結婚できて嬉して泣いてるのんか、思たら、大っぴらに昼寝できるのが嬉しかった、いう……おのれのブスをどない考えとんねん、ほんまァ!……死ね、ブス! ブスは強い!」(82頁)
…え、「死ね」ゆうてるやん!
この引用だけならショックなのだが、表題作がめちゃくちゃ面白いのだ。醜女にやり込められる美男子の物語だが、彼の哀愁がシュールなおかしさを含んでいるようで後者の引用のくだりは吹き出してしまった。自分のことは棚に上げてにやにや笑い通しだった。
各編でも妻や女性に対する不平不満が語られるが、女性はしたたかに男をやり込めるばかりで取り合わない。
本書は『春情蛸の足』と同じく、男の「負け犬の遠吠え」物語だったのだ。
妻たちは仕事に出たり、ホームパーティーを企画したり、お受験戦争に熱を入れたりして自由に力強く生きているのに対し、男たちは行きつけの飲み屋で愚痴をこぼすか浮気するかしかなく、唯一の癒しの浮気相手にもやり込められる様がなんともみじめでいじらしい。
男女雇用機会均等法が制定して働く女性が増えてきた80年代後半は、女性が目覚ましい進化を遂げるのに戸惑う男たちがきっとたくさんいたのだろう。
今となってはずいぶん昔の話かもしれないが、描かれた女性たちの豪胆さに力を分けてもらえたような気持ちになった。
田辺聖子作品には「ブス愚痴録」のような男女の攻防戦(たとえ負け犬の遠吠えであっても)が描かれた物語が多く、わちゃわちゃした雰囲気が作品全体に漂っている。
かしましい感じが不快にならないのは、人間の底抜けの明るさと現実の暗さが絶妙なバランスで描かれているからだろう。
だからわたしは田辺聖子作品に「賑やかで楽しい感じ」を純粋に受け取って満足することができる。
いろんな人間の人情ドラマに純粋に楽しんでいるうちに、「ブス」を気にしていたことをいつのまにか忘れてしまっていたのだった。
カレー沢薫さんが気になった方はこちらをおすすめします。

