むかしのはなしシリーズ。9歳は僕の人生の中でも、はじめて一つの大きなことを成し遂げた1年。

 

 

きっかけは、家族で仲良くしていた「小野家」の、じゅんちゃん(姉と同じ歳で当時小6)が、春休みに一人で「国鉄」と「青函連絡船」を乗り継いで、弘前まで行くという計画を聞いたことでした。

 

小学校に入ってからは、「バス」より「鉄道」に興味を持ち始めていた僕。その話を聞いて、自分もなにかやってみたい!って思ったのです。同じころ、おふくろの実家の滝川市に遊びに行ったとき、当時健在だった祖父が、僕に、鉄道の時刻表の見方を教えてくれました。それを見てさらに大興奮。

 

時刻表の数字を見るだけで、超楽しい。

 

もちろん路線図を見るのも楽しい!

 

想像力がどんどん膨らんでいきます。

 

その後、実は毎月、JTBが出す全国の時刻表を買って愛読していたくらい、時刻表が好きでした。

 

となると、当然、僕も、じゅんちゃんの真似をしたくなってくるのが必然。親父の実家が新潟県の長岡市にありましたので、そこに行くのが良いのでは?と思い、祖父に手伝ってもらって、計画を練ると

 

①午後7時すぎの特急おおぞらに乗り、午後11時半くらいの函館に到着

②深夜11時50分くらいの青函連絡船に乗って、午前4時過ぎに青森到着

➂午前4時半くらい(だったと思う)の特急白鳥に乗ると、長岡にお昼12時すぎに到着

 

というゴールデンプランが完成しました。

 

これを一人でやり切るというのがポイント。

 

もう絶対それをやりたい、と、家族を説得して、なんとか了承を得ます。

 

親にしてみたら、それまで泣き虫で、大人しく、引っ込み思案だった僕が、いきなり、そんな「大冒険」をしたいと言い出して、びっくりしたことでしょう。

 

その後、旅の間のお小遣いを貯めるために、おつかいをするたびに1回10円もらい、毎月のお小遣いも全部貯金して。と3年の1学期はもう、すべてを「夏の一人旅」に向けての準備にあてていました。普段21時台に寝ていたので、乗換が23時台と、こんな遅い時間に起きていられるのか?という不安もありましたが、それよりもワクワクのほうがまさっていたのです。

 

ただ、いきないこの長距離なー と思い、まずは手始めに、国鉄で1時間ちょっとで到着する、滝川のお袋の実家に一人で行く練習をして、来るべき旅のシミュレーションもぬかりなく。

 

そして、迎えた旅の当日。

 

何度もチケットを取ることをお願いしていたのに、なかなか手配してもらえなかった国鉄のチケットなのですが、当日にようやくゲット。 と、午後7時台の「おおぞら」をお願いしてていたのに、手配されていたのはお昼発の「おおとり」。

 

それだと函館で深夜まで放り出されることになって現実的ではありません。あんなに詳細の情報を伝えていたのにー。と思いましたが、あわてた親父が、JTBの方をせっついて、最終的には、「おおぞら」の窓側座席のチケットが出てきました。

 

そして、いよいよ出発!なのですが、長くなりましたので、旅の記事はまた次回。