むかしのはなしシリーズ。
8歳は小学2年生。この歳は僕にとって、一つの大きな出来事があった一年でした。僕が8歳になってすぐ、我が家に生後数か月のヨークシャテリアがやってきたのです。
スーパー小学生の姉が、自分がいかに犬を飼いたいかを、学校の作文にしたため、さらにそれが学校表彰されたり、新聞に載ったりする事態になり、親も引っ込みがつかなくなったのか、オヤジが会社のツテを頼って、最近産まれたばかりのヨークシャテリアを当時2万円(姉の当時の全財産)で、譲ってもらいました。
犬のことをよくわかっていない、オヤジや、その仲介人の方からは、「マルチーズ」が来ると言われており、本当はヨークシャテリアが欲しかった姉にとっては、かなり妥協して、それでもいいから犬を飼いたいと話を進めました。けれども、仲介人の方は「毛の長い室内犬は、すべてがマルチーズ」と思っていただけで、実際は、姉の希望の「ヨークシャテリア」だったという、どんでん返し。
3匹生まれたなかから1匹を選びに、父と姉がその家に行き(僕はお留守番)、マルチーズだと思っていたらヨークシャテリアだったことを知り、飛び上がらんばかりに喜んだのだとか。そして、3匹の中でも一番活発な1匹を譲り受けてきました。
名前は「パピー」
パピーって、英語で子犬っていう意味なのですが、成犬になってもパピーって呼ばれることになってしまいました。
当時、実は僕は犬が大の苦手でした。幼稚園の時に母方の祖母の家に遊びに行ったときに、野良犬に追いかけられたという超恐怖体験がトラウマになって、全く受付けなかったのです。
パピーが来たその日、生後数か月の可愛いヨークシャテリアであっても、やっぱり怖くて、遠くで眺めるだけ。でも、次の日の朝に、母親に手伝ってもらって、パピーを抱っこした時から、もう、パピーが可愛くてしょうがなくなり、それから大学進学で家を出るまでは、文字通り、パピーとの生活でした。
「姉の犬」
ってことになってはいたのですが、パピーは、かなりの確率で僕のベッドにもぐりこんできて、一緒に寝ていました。パピーに蹴られて起こされたことは何度もありますし、逆に僕が蹴ると、普段絶対にださない「ウーっ」という低い唸り声をあげて、怒るパピー。
散歩もいっぱい一緒に行ったし、引っ込み思案で、劣等生だった僕の心が、なんだかどんどん前向きになっていくきっかけをくれたのは、パピーだったんじゃないかなって、今改めて思います。
逆に言うと、小学校2年生の記憶って、パピーのこと以外では、担任の「サカモト先生」が怖かった(九九を覚えたのも最後だったし)、っていう記憶以外、皆無です。
