問題は、【東大教室】ブログ上公開演習⓬-1(問題)で確認してください。

 

演習 近現代(外交)

明治期 日本の大陸政策

 

解説

 

四角グリーン利益線と宗主権

 

明治維新後、近代国家の形成をめざした日本は、主権線(国境ライン)の安全を維持するため、その外側に利益線日本の権益などがある勢力範囲)を確保することが必要だ、という国防姿勢をとった。

当初、列国の影響がなお本格化していない朝鮮半島が利益線として設定された

 

一方、当時の朝鮮(李朝)は、伝統的な東アジアの国際秩序(冊封体制)のなかにあって、清国とのあいだに形式的な君臣関係を築いていた。

このため清国は、朝鮮に対して宗主権を主張することになった。

 

四角グリーン明治六年の政変

 

近代的な国家間関係の構築を急いだ明治新政府は、早い段階から朝鮮(李朝)に対しても国交樹立を求めたが、「鎖国」政策をとる朝鮮は日本の交渉態度を不満とし、開国に応じなかった。

 

1873年8月、新政府(西郷留守政府)は、西郷隆盛を朝鮮に派遣して交渉にあたらせ、拒否されれば武力行使をも辞さないとする強硬方針(征韓論)をうちだした。

 

朝鮮も日本のように開国して富国強兵などの近代化政策を推進しなければ、まもなく列国の支配下におかれてしまい、そうなれば隣国の日本も窮地にたたされる、この事態を避けるために、武力を用いてでも強引に朝鮮を開国させるべきだ――、これが征韓論の背景にある考え方だった。

また、この征韓論には、士族層が感じている政府への不満を、海外に向けさせる意図もあったと考えられている。

 

しかし1873年9月、岩倉使節団(岩倉遣外使節)のメンバーが帰国すると、西洋諸国の発展ぶりを学んできた大久保利通木戸孝允らは、国内改革の優先を主張し、征韓論に強く反対した(内治優先論)。

1873年10月、西郷隆盛の遣使が中止されると、征韓派の5参議(西郷・板垣退助・後藤象二郎・江藤新平・副島種臣)はいっせいに辞職した(明治六年の政変)。

 

これを機に、幕末に倒幕運動を展開した諸地域士族反乱が勃発し、一方で自由民権運動がはじまることになる。

 

【東大教室】ブログ上公開演習⓬-3(解説解答)に続く。

 

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